第61回 中国の「市場主体登記管理条例」についての概説
概要
2021年7月27日に「市場主体登記管理条例」が公布された。同条例は「会社登記管理条例」、「企業法人登記管理条例」等の登記管理に関する複数の規定を統合したものである。特に今回はじめて盛り込まれた休業制度は、現在のコロナ禍のような状況において、商事主体(外資企業を含む)が自主的に柔軟な経営調整を試みることを可能にするものである。
1.はじめに
「市場主体登記管理条例」1(以下「本条例」といいます)が2021年7月27日に公布されました(施行日は2022年3月1日)。本条例は「会社登記管理条例」、「企業法人登記管理条例」、「パートナーシップ企業登記管理弁法」、「農民専業合作社登記管理条例」及び「企業法人法定代表者登記管理規定」を統合したものであり、中国の市場主体の登記管理に関する基本的な制度を規定したものとなっています。本条例の施行に伴い、上記の各条例は廃止されます(本条例第55条)。
以下、本条例の中でも外資企業に特に関わる主な内容を紹介します。
2.本条例の主な内容
(1)名称自主申告制度(本条例第10条)
本条例第10条には、市場主体の名称について申請者が法に基づき自主申告する旨が規定されています。市場主体の名称については、「企業名称登記管理規定」(2020年改正)2において、これまでの事前認可制から自主申告制に変更されることが明らかにされていましたが、本条例でもこのことが明記されています。これにより市場主体による名称選択の自由度が増したといえます。
具体的な実務では、現在各地では「名称自主申告プラットフォームシステム」を提供している地域が多く、設立申請者は当該システムにおいて屋号、業種内容、組織形態を記入した上で、システムによる指示のもとに選択又は記入を完了させることとされています。
自主申告の過程においては、名称に関する各法令(「企業名称登記管理規定」(2020年改正)、「企業名称使用禁止制限規則」、「企業名称同一類似比較規則」等)の要求に基づき申告する必要があるほか、設立地域における企業名称に関する要求にも注意する必要があります。例えば上海では、上海市金融サービス事務室の要求に基づき、企業名称に「融資担保」等の文字が含まれている場合には同事務室の許可文書が必要であり、また上海市静安区人民政府の要求に基づき、企業名称に「蘇河湾」を使用する場合には同区人民政府の許可文書が必要とされています。
(2)経営項目分類基準に従った経営範囲の登記(本条例第14条)
本条例第14条には、市場主体は登記機関の公表する経営項目分類基準に従って経営範囲の登記を行わなければならないことが規定されています。
現在すでに全国的に「経営範囲の規範的表現検索システム(試用版)」3が運用されており、会社の新設及び経営範囲の変更に関わる場合、当該システムの指示に基づき、実施予定の経営項目に合致する経営範囲の表現を検索し、使用する必要があります。なお、現時点の「経営範囲の規範的表現検索システム」はまだ試用段階であり、日々新しい表現が多数生まれ、従来の表現も随時更新されています。このため、外商投資企業(外国企業が中国で設立した企業)の具体的な経営項目の表現又は分類が不明確である場合、速やかに主管登記部門と積極的に連絡を取り、内容の確認をする必要があると考えます。
(3)実名認証制度(本条例第15条)
本条例第15条に基づけば、市場主体について実名認証制度が実行され、申請者は本人情報の照合について登記機関に協力しなければならないことが規定されています。
2019年3月3日に市場監督管理総局が公布した「他者の本人証明書の情報を盗用して会社登記を行う違法行為の抑止に関連する業務を法に基づき適切に行うことに関する通知」には、2019年5月1日から企業の個人情報の管理業務を開始すること、企業の設立登記の段階において株主、法定代表者、主要責任者、役員、担当者等、関連自然人に対する本人照合を実現することが明確にされており、各地方では、このときから関連自然人の実名認証制度4が進められてきました。
もっとも、現在の実務では、実名認証制度は中国の自然人(香港、マカオ地域の者を含む)の実名認証に重点が置かれています。外商投資企業に関わる外国籍の自然人の実名認証については、各地域の実務における要求が不明確であり、かつ変更されることも少なくありません。例えば上海では、外国籍の自然人が法定代表者に就任する場合についての現在の実務上の要求は、コロナ禍の影響もあり、仮に当該自然人が長期にわたり中国国内にいる場合には有効期間内にあるビザ(有効期間が6か月を超えるもの)を提供するとともに、直近1年間の中国国内の住所証明を提供することとなっており、仮に当該自然人が中国国外にいる場合には本人情報(パスポート)の公証・認証資料を提供することとなっています。
今回、全ての市場主体を対象とした本条例に実名認証制度が規定されたことで、外国籍の自然人に対しても、厳格な実名認証制度が実施される可能性があると考えられます。このため、今後は具体的な事案の実施前に関連主管登記機関に対し、設立予定の外商投資企業の法定代表者、支社の主要責任者、役員(董事、監査役)、担当者(財務責任者、工商連絡責任者、税務担当者、税関担当者)等の実名認証に対する具体的な要求を一つ一つ確認する必要があると考えます。
(4)休業制度(本条例第30条)
本条例第30条は、自然災害、事故による災難、公共衛生事件、社会安全事件等の原因により経営が困難となった場合、市場主体が一定期間の休業を自主的に決定することができる旨を規定しています。これは本条例により新たに設けられた休業制度です。
これまでは、例えば「会社登記管理条例」第67条において、会社が成立後、正当な理由なく6か月を超えて開業しない又は開業後に自ら連続6か月以上業務を停止した場合には、会社登記機関は当該会社について営業許可証を没収することができる旨が規定されており、休業は認められていないといえる状況でした。今回、盛り込まれた休業制度は、現在のコロナ禍のような企業の経営状況が不安定になりがちな局面において、企業に猶予という解決手段を提供する新しい制度であるといえます。
本条例に基づく休業制度の概要は以下のとおりです。
1)休業の原因となるもの:自然災害、事故による災難、公共衛生事件、社会安全事件等による経営困難
2)休業条件:休業前に法に基づき労働関係の処理等の事項について従業員と協議する
3)休業手続:休業前に登記機関において休業の届出手続を行う(休業期間及び法的文書の送達先住所を明確にしなければならない)
4)休業期間:最長でも3年を超えてはならない
5)休業の終了:休業期間に経営活動を行った場合、営業再開とみなされ、国家企業情報公示システムにより公示する必要がある
なお、深圳地域では「深圳経済特区商事登記の諸規定」に基づき休業制度が試行されており、深圳市の前海深圳香港近代サービス提携区及び宝安区において、すでに11の市場主体(主に越境EC、商務サービス、科学技術類等の業種)が休業登記手続を済ませています。
3.今後の注目点
一部の在中日系企業より、コロナ禍の影響によって実質的な休業状態に陥ったとの話を聞くことがありました。いち早く感染者の抑え込みに成功した中国では、現在はあまりそのような話を聞くことはなくなりましたが、将来、同じような状況が生じた場合には、本条例に新たに盛り込まれた休業制度を活用することが考えられます。休業制度の具体的な手続等については今後公布される細則において明らかにされるものと思われますので、引き続きその動向を注目する必要があります。
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1 国務院令第746号。2021年7月27日公布、2022年3月1日施行。
2 「企業名称登記管理規定」(2020年改正)は、2020年12月28日に公布され、2021年3月1日から施行されています。
3 https://www.jyfwyun.com/
4 本人証明書の原本又は写しの提出のみでは足りず、氏名、本人証明書番号、中国で実名登録された携帯電話番号、現場での写真撮影による顔写真の照合などが要求される、厳格な認証制度です。
(2021年10月1日作成)
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本稿は、三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」(2021年10月掲載)からの転載です。