第66回 中国法におけるセクシュアルハラスメントの規定及び使用者が講ずるべき措置

概要

中国の「女性権益保障法」が2022年10月30日に改正され、2023年1月1日より施行されました。改正により、女性従業員に対するセクシュアルハラスメントを防止する措置を講ずることが使用者に課されました。当該改正を踏まえ、本稿では、セクシュアルハラスメントの規定と使用者が講ずるべき措置等について概説します。

1.はじめに

改正された「女性権益保障法」1(以下「本法」といいます)が2022年10月30日に公布され、2023年1月1日より施行されました。本法においては、使用者がセクシュアルハラスメント(以下「セクハラ」といいます)を禁止する内部規定制度を制定し、セクハラ防止機構及び担当者を明確にすることが義務付けられています。また、セクハラ防止及び制止のための教育研修を行うこと、必要なセキュリティ警備措置を取ること、通報先となる電話番号やメールアドレス等を設けて通報が滞りなく行われるようにすること、調査・処理プロセスを制定・整備すること、被害女性従業員への協力・サポート等の対策を取り、女性従業員に対するセクハラを防止することが義務化されています。本稿では、中国法におけるセクハラの規定に言及したうえで、使用者が講ずるべき措置等について概説します。

2.中国法におけるセクハラの規定

(1)法律レベルでの立法沿革
1992年の本法制定時にはセクハラについての規定がありませんでしたが、2005年の改正2において、その第40条で「女性に対してセクハラを実施することを禁止する。被害女性は組織及び関係機関に対して通報を行う権利を有する」と規定されました。本法は2018年に再度改正3され、セクハラの法的責任条項が追加されました。その第58条で、「本法の規定に違反し、女性に対してセクハラ又はドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)を行い、治安管理違反行為を構成する場合、被害者は違法行為者に対して法に基づき行政処罰を与えるよう公安機関に要請することができ、また、法に基づき人民法院に民事訴訟を提起することもできる」と規定されました。

2021年に中国の「民法典」4が制定され、セクハラ行為に対する定義が定められ、使用者のセクハラ防止義務が初めて明確に規定されました。その第1010条によれば、「他人の意思に反して、言葉、文字、画像、身体的行為等の方式により、他人に対してセクハラを実施した場合、被害者は法に基づき行為者に民事責任を負うよう請求する権利を有する。機関、企業、学校等の組織は、予防、通報の受理、調査による処置等の合理的な措置を講じて、職権、従属関係等を利用したセクハラの実施を防止及び制止しなければならない」とされています。そして、本法の2022年の改正において、使用者のセクハラ防止義務の具体的な内容が明文化されました。具体的な内容については、後述の「3.2022年の改正により使用者がセクハラに対して講ずるべき措置」において言及します。

(2)地方レベル、部門規則レベル等における立法沿革
ア 地方レベルの規定
中国の各地域においても、本法の改正に合わせて、関連する実施弁法を改正しています。例えば、四川省は、2005年の本法の改正に合わせて2007年に「四川省(中華人民共和国女性権益保障法)実施弁法」5を改正6し、その第33条でセクハラの禁止や、使用者がセクハラ防止措置を取らなければならないことを規定し、第47条で、職場で女性従業員に対するセクハラが発生した場合、使用者に過失があるときは相応の民事賠償責任を負う旨を規定しました。

四川省はさらに2022年の本法の改正に合わせ、2023年にも「四川省(中華人民共和国女性権益保障法)実施弁法」を改正7し、その第22条において、使用者が合理的な予防、通報受理、調査の措置を取り、女性従業員に対するセクハラを防止及び制止し、関係機関の調査に協力することを規定しました。また、上記義務の違反について管轄部門が使用者に対して是正を命じることや、是正を拒否した場合、直接責任者及び直接管理者に対して処分を下すことが規定されました。

深圳市は、民法典のセクハラ禁止の規定に基づいて2021年1月15日に中国初のセクハラ禁止のガイドラインとなる「深圳市セクハラ行為防止対策ガイドライン」8を公表しました。このガイドラインでは主に、セクハラの概念(定義、主な表現、類型、該当しない状況)、予防教育、相談通報処理、管轄部門の責任(警察、裁判所、社保庁、国有資本委員会、市場監督管理局、文化教育局、労働組合、女性連合会等)、秘密保持、免責等について細かく規定しています。

イ 部門規則レベル等の規定
2012年の国務院の「女性従業員労働保護特別規定」9第11条では、使用者がセクハラ行為を予防及び制止しなければならないことを定めていますが、義務の内容は具体化されていません。2021年9月に全国女性連合会権益部が「職場におけるセクハラ防止対策指導マニュアル」10を公表し、法律の規定、具体例からの職場のセクハラの認定、使用者がどのようにセクハラを防止するか、個人がどのようにセクハラに対応するかについて紹介しています。

3.2022年の改正により使用者がセクハラに対して講ずるべき措置

(1)使用者の講ずるべき措置
2022年に改正された本法では、セクハラについて使用者が下記の措置を講ずることが義務化されました(本法第25条)。
①セクハラを禁止する内部規定制度の制定
②セクハラ防止機構及び担当者を明確にすること
③セクハラ防止及び制止のための教育研修を行うこと
④必要なセキュリティ警備措置を取ること
⑤通報先となる電話番号、メールアドレス等を設けて通報が滞りなく行われるようにすること
⑥調査、処理プロセスを制定・整備し、速やかに紛争を処理し、当事者のプライバシー及び個人情報を保護すること
⑦女性従業員が法律に従ってその権益を守ることに協力し、サポートを提供し、必要な場合、被害女性従業員に対して心理カウンセリングを実施すること
⑧その他の合理的なセクハラ予防及び抑止の措置を取ること

(2)関連措置を講じない場合の本法に基づく法的責任
使用者がセクハラに対して合理的な予防及び制止の措置を講じなかったことによって、女性の法的権益を侵害し、社会の公共の利益に損害を与えた場合、検察機関によって公益訴訟が提起される可能性があります(本法第77条)。
また、使用者が本法の規定に反して必要とされるセクハラ予防及び制止措置を講じなかったことにより、女性の権益に侵害をもたらした場合、又は社会に深刻な影響をもたらした場合、上級機関又は管轄部門から是正を命ぜられることになり、是正を拒否するか、又は情状が深刻な場合には、直接管理者及びその他の直接責任者に対して処分が下されることとなります(本法第80条)。

(3)関連措置を講じない場合のその他の法的責任
ア 被害従業員に対する損害賠償
本法が改正されるまでの裁判例においては、会社でセクハラを受けたために会社に対して損害賠償を求めた案件で、会社が被害従業員に対してその人身上の権益を損害する行為をしたことが立証できないために損害賠償を認めないとの見解が示されたケース11がありました。しかし、本法の改正によって、セクハラを防止するために使用者が講じるべき具体的な措置が義務化されたことにより、これらの措置を講じない場合には法定の保護義務の不履行に該当し、被害従業員がセクハラの被害を受けたことにつき使用者に過失があったことになります。従って、一定の割合で、使用者が被害従業員に対して損害賠償の責任を負うこととなる可能性があります。

イ 被害従業員により労働契約が解除され、経済補償金を支払うリスク
使用者は従業員に対して労働保護の義務を負います。本法の改正により、法律規定の面から、女性従業員に対するセクハラ防止のための具体的な措置が明文化され、義務化されたため、使用者がこれらの措置を講じなかった場合、女性従業員に対する労働保護の義務が果たされなかったことになります。労働契約法第38条第1項1号の規定によれば、使用者が労働保護を提供しなかった場合、従業員は労働契約を解除することができます。さらに労働契約法第46条第1項1号の規定によれば、使用者が労働保護を提供しなかったことによって従業員が労働契約を解除した場合、使用者は従業員に対して経済補償金を支払わなければなりません。

4.使用者に生ずるその他のコンプライアンス上の課題

会社の従業員が他の従業員に対してセクハラを行った場合、加害従業員に対して懲戒処分を行う必要があります。このとき、懲戒処分を実施するためにセクハラ行為の調査、証拠・エビデンス資料の確認、事実の認定を行ったうえで、会社の懲戒規定に基づいて適切な懲戒処分を行う必要があります。会社の規則に適切な通報、調査、懲戒処分に関する規定がない場合は、加害従業員に対して調査への協力を求めることが難しくなるだけでなく、懲戒処分が社内規定の根拠を欠くことになる可能性があり、不適切な懲戒処分と認定される可能性があります。例えば、解雇の懲戒処分を下した場合には、懲戒処分の根拠となる社内規定が欠けていることによって不当解雇と認定されるリスクがあり、経済補償金の2倍の賠償金を支払わなければならない可能性があります。

5.終わりに

以上のとおり、本法の改正により、使用者において女性従業員へのセクハラに対して講じるべき具体的な義務が明文化されました。このため、在中の日系企業においても、セクハラに関する内部規定の有無及びその内容を確認したうえで、内部規定の制定ないしは改定を速やかに行うことをお勧めします。

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1:中華人民共和国主席令第58号、1992年4月3日公布、同年10月1日施行。3回改正されており、直近の改正は、中華人民共和国主席令第122号、2022年10月30日公布、2023年1月1日施行
2:中華人民共和国主席令第40号、2005年8月28日公布、同年12月1日施行
3:中華人民共和国主席令第16号、2018年10月26日公布、同日施行
4:中華人民共和国主席令第45号、2020年5月28日公布、2021年1月1日施行
5:四川省第8回人民代表大会常務委員会第8回会議、1994年4月6日公布、同日施行
6:四川省第10回人民代表大会常務委員会第13回会議、2007年9月27日公布、同日施行
7:四川省第14回人民代表大会常務委員会第3回会議、2023年5月25日公布、2023日9月1日施行
8:深婦通「2021」1号、2021年1月15日公布、同日施行
9:中華人民共和国国務院令第619号、2012年4月28日公布、同日施行
10:全国女性連合会権益部、2021年8月12日公布、同日施行
11:(2015)東民初字第12107号民事判決

(2023年7月4日作成)


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本稿は、三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」(2023年7月掲載)からの転載です。