第19回 使用者からの労働契約の解除(12)~労働契約の解除不可事由2~

Q:上海市所在の独資企業X社(従業員300人規模)は、生産型企業として、自社工場で製品を製造し販売してきました。しかし、昨年から業績が急激に悪化しているため、一部生産ラインの廃止、及びこれに伴う整理解雇を実施予定です。
整理解雇の対象予定者の選定を行っていたところ、普段は社員寮に住んでいる従業員Aについて、退勤直後に最短ルートを使って妻子の住む家に向かう途中で交通事故(事故の相手方の信号無視が原因)に遭って負傷し、膝関節の半月板を切除したことがわかりました。
X社は、Aを整理解雇の対象者とすることができるでしょうか?

A:X社は、Aを整理解雇の対象者から外すべきであると考えます。

解説

1 労働契約の解除不可事由について
(1)各解除不可事由
 労働契約法(以下「本法」といいます)第42条は、使用者からの労働契約の解除のうち、即時解除(本法第39条)を除く、予告解除(本法第40条)及び整理解雇(本法第41条)に関し、たとえ労働者に法定の労働契約解除事由が存在したとしても、以下のいずれかの事由が存在する場合には労働契約を解除してはならないと規定しています。

 ①職業病の危害に触れる業務に従事した労働者に離職前職業健康診断を行わず、又は職業病が疑われる病人で診断中もしくは医学観察期間にある場合
 ②当該使用者において職業病を患い、又は労災により負傷し、かつ労働能力の喪失もしくは一部喪失が確認された場合
 ③病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間内にある場合
 ④女性従業員が妊娠、出産、授乳期間にある場合
 ➄当該使用者の下において勤続満15年以上で、かつ法定の定年退職年齢まで残り5年未満である場合
 ⑥法律、行政法規に規定するその他の場合

 本件では、Aについて、上記②の「労災により負傷し、かつ労働能力の喪失もしくは一部喪失が確認された場合」(以下「解除不可事由②」といいます)に該当するかが問題となりますので、当該事由について説明致します。

(2)各文言について
ア 「労災により負傷」
 「労災により負傷」については、労災保険条例第14条において、次のいずれかに該当する場合には、労災による負傷と認定しなければならないとされています。

ⅰ勤務時間中に勤務場所において、業務上の原因によって事故に遭い負傷した場合
ⅱ勤務時間の前後に勤務場所において、業務に関連する準備又は後片付け業務に従事したために事故に遭い負傷した場合
ⅲ勤務時間中に勤務場所において、業務職責を履行するために暴力等の突発事故に遭い負傷した場合
ⅳ職業病にかかった場合
ⅴ業務による外出期間中に、業務上の原因により負傷し、又は事故の発生により行方不明となった場合
通勤途中に、本人に主な責任のない交通事故又は都市軌道交通、旅客運送フェリー、列車事故に遭い負傷した場合
ⅶ法律、行政法規の規定により労災として認定しなければならないその他状況

 また、上記ⅵの「通勤途中に」に関し、社会保険行政部門が、以下のいずれかの状況について、「通勤途中に」に該当するとの認定をした場合、裁判所はこれを支持するとされています(「労災保険行政案件の審理における若干の問題についての最高人民法院の規定」第6条)。

 ⅰ勤務地と住所地、常居地、社員寮とを往復するための合理的時間内の合理的ルートによる通勤途中
 ⅱ勤務地と配偶者、父母、子の居住地とを往復するための合理的時間内の合理的ルートによる通勤途中
 ⅲ日常勤務生活に必要な活動に従事し、かつ合理的時間内の及び合理的ルートによる通勤途中
 ⅳその他の合理的時間内の合理的ルートによる通勤途中

イ 「労働能力の喪失もしくは一部喪失」
(ア) 法令の定め
 「労働能力の喪失もしくは一部喪失」については、従前は、「従業員の労災及び職業病の障害程度の鑑定基準(GB/T16180-1996)」[4](以下「旧基準」といいます)に基づく等級に従い、1級から4級は労働能力の全部喪失、5級、6級は労働能力の大部分の喪失、7級から10級は労働能力の一部喪失に該当する旨が明記されていました(「企業従業員労災保険試行弁法」[5]第14条第2項)。
 これらの法令はいずれも失効しましたが、旧基準の最新の改訂版である「労働能力鑑定 従業員の労災及び職業病の障害等級(GB/T16180-2014)」(以下「新基準」といいます)に基づき等級が付された場合には、「労働能力の喪失もしくは一部喪失」に該当すると一般的に解釈されています。

(イ) 当局の見解
 上記の点について、本稿の執筆にあたって上海市人的資源社会保障局相談サービスホットラインにヒアリングを行ったところ、「『労働能力の喪失もしくは一部喪失』の認定については、依然として『1級から4級は労働能力の全部喪失、5級、6級は労働能力の大部分の喪失、7級から10級は労働能力の一部喪失に該当する』との基準に基づいて行う。つまり、新基準に基づき出された1級から10級までの労働能力の鑑定結果は、労働能力の喪失の程度を表す」旨の回答があり、当該回答は、上記(ア)における一般的な解釈と同様であるといえます。

(ウ) 裁判例
 裁判例においては、その多くが、新基準に基づき等級が付された場合には「労働能力の喪失もしくは一部喪失」に該当するとの判断を下しています。
 なお、新基準施行前の裁判例の中に、障害程度9級と付されたことを事実として認定しながらも、「労働能力の喪失もしくは一部喪失」は確認されていないとして、労働者の解除不可事由②に該当する旨の主張を斥けたもの[8]も存在しましたが、本稿の作成にあたり弊所がリサーチしたところでは、このような判断を下しているのは当該裁判例1件のみであり、このような判断が下される可能性は低いと考えてよいと思われます。

2 本件
 本件では、まずAが、解除不可事由②のうちの「労災により負傷」に該当するかが問題となります。この点についてAは、退勤直後最短ルートを使って妻子の住む家に向かう途中交通事故事故の相手方の信号無視が原因)に遭って負傷しています。妻子の住む家に向かう途中であれば、それが合理的時間内(退勤直後など)で、合理的ルート(最短ルートなど)である限り、「通勤途中」に該当し、また、事故の相手方の信号無視が原因であったとのことであれば、「本人に主な責任のない交通事故」であるといえます。
 したがいまして、Aは、労災保険条例第14条に基づき、「労災による負傷」と認定されると考えられます。

 次に、Aについて、解除不可事由②のうちの「労働能力の喪失もしくは一部喪失」に該当するかが問題となります。この点についてAは、交通事故に遭って負傷し、膝関節の半月板を切除しているところ、新基準では、「外傷後の膝関節の半月板切除」を障害等級9級に列挙しています。
 このため、Aについては、障害等級9級と認定されるべきことになり、ひいては「労働能力の喪失もしくは一部喪失」にも該当することになると考えるべきです。

 以上のことから、X社は、Aを整理解雇の対象者から外すべきであると考えます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第769号)に寄稿した記事です。