第35回 労務派遣に関する規制

Q:上海市所在の独資企業X社は、客先から予想外に大きな量の注文があり、既存の従業員のみでは対応しきれないことから、一時的に派遣労働者を受け入れて当該注文に対応しようと考えております。
派遣労働者を受け入れるにあたり、何か注意すべきことがあるでしょうか?
また、中国所在の他のグループ企業(労務派遣業務の経営許可は未取得)の従業員を出向させた上で対応させることはできるでしょうか?

A:X社は、派遣労働者を受け入れるにあたり、以下の点を特に注意すべきです。

① 派遣労働者の受け入れ期間が6か月を超えないこと
② 受け入れる派遣労働者が既存の従業員の10%を超えないこと
③ 必要的記載事項を記載した労務派遣契約を締結すること
④ 派遣先に対する各規制を遵守すること
⑤ 労務派遣業務の経営許可を取得しており、かつ信用力がある派遣元を選定すること

また、上海市の労働当局からの回答に基づけば、中国所在の他のグループ企業(労務派遣業務の経営許可は未取得)の従業員を出向させた上で対応させることも可能であると解釈する余地もありますが、慎重に実施する必要があると考えます。

解説

1 労務派遣に関する法令の規制
労務派遣については、労働契約法(以下「本法」といいます)第57条~第67条、労務派遣暫定規定(以下「本規定」といいます)、労務派遣行政許可実施弁法等に規定があります。労務派遣の受入側(派遣先)に関連する主な規制内容は以下のとおりです。

(1)労務派遣の形態
 まず、本法第66条第1項では、「労働契約による雇用が、わが国の企業の基本的な雇用形式である。労務派遣雇用は補完的な形式であり、臨時的、補助的又は代替的な職務でのみ実施できる」として、労務派遣はあくまでも補完的なものであるとの原則が示されています。
その上で、同条第2項は、「臨時的」、「補助的」、「代替的」の各形態の要件を以下のとおり規定しており、以下のいずれかの要件に該当する場合でなければ労務派遣を受け入れることはできません。

 臨時的:受け入れ期間が6か月を超えない職務
 補助的:主要業務の職務にサービスを提供する非主要業務の職務
 代替的:雇用企業の労働者による職場を離脱しての就学、休暇等の原因によって、業務を行うことができない一定の期間において、他の労働者により当該職務の代替が可能なものであること

(2)派遣労働者の比率(10%)制限
 本法第66条第3項は、派遣労働者が労働者全体に占める割合が、一定の割合を超えてはならない旨を規定しており、本規定第4条第1項は、具体的な割合について10%と規定しています。

(3)労務派遣契約の必要的記載事項
 本規定第7条は、労務派遣契約(派遣元と派遣先が締結する契約)に次の事項を記載しなければならないと規定しています。

①  派遣される勤務部署の名称及び部署の性質、②勤務地、③派遣者数及び派遣期間、④同一労働
同一報酬の原則に従い確定した労働報酬の金額及び支払方式、⑤社会保険料の金額及び支払方式、
⑥勤務時間及び休憩休暇事項、⑦派遣労働者の労働災害、出産又は罹病期間に関する待遇、⑧労
働安全衛生及び研修事項、⑨経済補償金等費用、⑩労務派遣契約期間、⑪労務派遣サービス料の
支払方式及び基準、⑫労務派遣契約違反の責任、⑬法律、法規、規則が労務派遣契約に含めるべ
きと規定するその他の事項


なお、必要的記載事項を記載しなかった場合の労務派遣契約の効力、罰則等について、法令上の明文がないため、弊所において上海市の労働当局にヒアリングを行ったところ、必要的記載事項を記載しなかったからといって、直ちに労務派遣契約が無効となったり、罰則を受けたりすることはないものの、不記載の事項については派遣労働者との間で補充契約を締結することが望ましい旨の回答がありました。労務派遣契約において必要的記載事項がなく、また補充契約も締結されていない場合、労働仲裁や訴訟において、不記載の事項について派遣先に不利な判断が下される可能性があると考えられます。

(4)派遣先に対する規制
 上記以外の本法及び本規定が規定する派遣先に対する主な規制内容は次のとおりです。

 ①国の労働基準を実行し、相応の労働条件及び労働保護を提供する(本法第62条)
 ②派遣労働者の業務上の要求及び労働報酬を知らせる(本法第62条)
 ③時間外労働手当、業績報奨金を支払い、勤務部署と関連する福利待遇を提供する(本法第62条)
 ④在職派遣労働者に対して勤務部署で必要とされる研修を行う(本法第62条)
 ➄労働者の使用を継続する場合、正常な賃金調整メカニズムを実行する(本法第62条)
 ⑥派遣労働者の二重派遣の禁止(本法第62条)
 ⑦派遣労働者に対する同一労働同一報酬の原則に従った労働報酬分配規則の実施(本法第63条)
 ⑧派遣労働者の福利待遇差別の禁止(本規定第9条)
 ⑨労災、職業病発生時の調査確認作業への協力義務(本規定第10条)
 ⑩派遣労働者の返還可能事由と返還制限(本規定第12条)
 ⑪派遣の破産等により派遣労働者の労働契約が終了する場合の適切配置義務(本規定第16条)
 ⑫地区を跨ぐ派遣労働者のための社会保険の処理(本規定第19条)

なお、上記のうち⑪は、派遣元の破産等により派遣元と派遣労働者との労働契約が終了した場合、派遣先は、派遣元と協議の上で派遣労働者を適切に配置しなければならないというものです。もっとも、「適切に配置」との表現が曖昧であり、実務において労働当局によって恣意的に解釈される可能性がある危険な条項であるといえます。このため、派遣元の選定にも十分に注意する必要があります。

(5)その他
 労務派遣業務を経営するためには、労働行政部門による許可が必要となります(本法第57条)。このため、派遣労働者を受け入れる場合には、派遣元が当該許可を得ているかを確認することが重要であるといえます。

一方で、同じ企業グループ内において、自社から他のグループ会社へ従業員を他社に出向させることがありますが、当該出向は許可を得ずに行うことができるでしょうか?

 この点に関し、本法及び本規定には明文の規定がありません。このため、弊所において上海市の労働当局にヒアリングを行ったところ、一定の条件下における「出向関係」については認めることができ、これについては許可が必要な労務派遣関係とはみなさない旨の回答がありました。また、当該一定の条件下について、①出向元と出向先との間、又は労働者を含めた三者で出向契約を締結し、出向事由、期間、賃金・福利待遇、費用負担、労働安全、規律規則等を明確にしていること、②出向者が出向先に赴くのが出向を支援するため、又は出向元と出向先との間のプロジェクトの作業のためものであること、③賃金の支払いについて必ず出向における財務処理が行われることを挙げています。

 もっとも、いかなる条件下であれば、出向が認められるかについては、地域ごと、また同一地域でも労働当局の担当者ごとに見解が異なる可能性もありますので、慎重に実施する必要があると考えます。

2 本件
 上記を踏まえ、X社は、派遣労働者を受け入れるにあたり、以下の点を特に注意すべきです。

 ①派遣労働者の受け入れ期間が6か月を超えないこと(本件では、派遣労働者に予定されている業務内容からすれば「臨時的」の形 態でのみその受入が可能であると考えられます)
 ②受け入れる派遣労働者が既存の従業員の10%を超えないこと
 ③必要的記載事項を記載した労務派遣契約を締結すること
 ④派遣先に対する各規制を遵守すること
 ➄労務派遣業務の経営許可を取得しており、かつ信用力がある派遣元を選定すること

また、上海市の労働当局からの回答に基づけば、中国所在の他のグループ企業(労務派遣業務の経営許可は未取得)の従業員を出向させた上で対応させることも可能であると解釈する余地もありますが、慎重に実施する必要があると考えます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第827号)に寄稿した記事です。