第62回 中国独禁法改正の主な内容

概要

中国の独占禁止法が初の改正を迎えた。合計36カ所が改正されており、これには独占合意に関する改正、事業者集中に関する改正、処罰に関する改正などが含まれる。特に処罰に関しては、事業者集中規制の違反について、従前の最高で50万元の過料から最高で売上高の10%の過料という大幅な引き上げがなされたうえ、懲罰的処罰が新たに規定された点が注目に値する。

はじめに

2022年6月24日、中国の第13期全国人民代表大会常務委員会第35回会議の採決で「全国人民代表大会常務委員会の『中華人民共和国独占禁止法』の改正についての決定」が可決されました。改正後の独占禁止法(以下、改正後の独占禁止法を「新独禁法」、改正前の独占禁止法を「現行独禁法」といいます)は、2022年8月1日から施行されます。

現行独禁法は2008年8月に施行されており、同法の施行から14年目で、今回が初めての改正となります。新独禁法では、現行独禁法に対し計36カ所の改正が加えられています。新独禁法の内容が日本企業や在中日系企業に与える影響は、小さくないと推察されます。そこで本稿では、特に重要と思われる箇所について紹介します。

新独禁法の概要

1. プラットフォームによる独占禁止条項の追加
2021年4月に小売プラットフォームの運営企業が、182.28億元という巨額の罰金を科されました。このことが示すとおり、中国ではプラットフォームに対する監視の目が厳しくなっています。国家市場監督管理総局が2022年6月8日に公表した「中国独占禁止法執行年度報告書(2021)」によれば、プラットフォームの経済分野において、法に基づき申告を行わず事業者集中を違法に実施した事案98件について行政処罰が下されており、これらの事案における過料と没収金額は合計で217.4億元となっています。

新独禁法においても、第9条を追加し、事業者はデータ及びアルゴリズム、技術、資本的優位性並びにプラットフォームのルール等を利用して本法で禁止する独占行為に携わってはならない旨を規定し、プラットフォームに対する規制を強化しています。

2.独占合意に関する改正
(1)再販売価格維持の問題についての規定
新独禁法第18条では、再販売価格維持についての独占合意の締結禁止に関し、当該合意が競争を排除、制限する効果を有しないことを事業者が証明できる場合は禁止しない旨を新たに定めています。これは、再販売価格維持の分析において合理的な分析思考を用いることを肯定するものであり、再販売価格維持については今後、それ自体が直ちに違法であるとはみなされないこととなります。

(2)セーフハーバーについての規定
新独禁法第18条第3項では、「事業者がその関連市場における市場シェアが国務院独占禁止法執行機関の定める基準を下回ることを証明することができ、かつ国務院独占禁止法執行機関の定めるその他の条件を満たす場合は、禁止しない」とのいわゆる「セーフハーバー」の規定1が新たに追加されています。このため、垂直的合意の参加者においては、自らの市場シェアが一定の基準を下回ることを証明することにより、規制を受けない旨の主張をすることが可能になります。

(3)独占合意の締結を幇助した者の責任についての規定
新独禁法第19条では、「事業者は他の事業者に独占合意を結ばせたり又は他の事業者が独占合意を結ぶことを実質的に助けたりしてはならない」と定めています。これは、今後は直接の参加者だけでなく、独占合意の締結を助けた者等も相応の責任を負う可能性があることを意味しています。

3.事業者集中に関する改正
(1)申告基準に達していないものの事業者集中の申告をしなければならないことについての規定
新独禁法第26条では、「事業者の集中が国務院の定める申告基準に達していないが、当該事業者集中が競争を排除、制限する効果を有する又はその可能性があることを証明する証拠がある場合、国務院独占禁止法執行機関は事業者に申告を要求することができる」との規定が追加されました。

この点について、例えば、多くのプラットフォームの運営者は従来型の基準では定められた申告基準に達することが難しいものの、その集中が市場に対し競争を排除、制限する効果が生じることがあるとの指摘がなされていました。新独禁法第26条に基づけば、このような状況において、国務院独占禁止法執行機関が事業者に申告を要求することができることとなります。

(2)審査期間の停止についての規定
新独禁法第32条では、「国務院独占禁止法執行機関が事業者集中の審査期間の計算中断を決定することができる」事由を追加しています。

現行独禁法の規定では、事業者集中の審査について、最長で180日(「事業者集中審査暫定規定」2第51条~第53条によれば、最長で210日)以内に審査を完了させることが求められています。しかし、実務では、さまざまな理由で当該期間内に審査を完了せることができないケースが散見されました。また、制限期間内に審査を完了できないため、1度届出を撤回させ、再度届出を行わせるといったケースもありました。

新独禁法第32条では、以下の事由が存在する場合には、審査期間を中断できることとし、法定の審査期間内での審査の完了を徹底させる姿勢がうかがえます。
1)事業者が規定通りに文書、資料を提出しなかったために審査業務を行うことができない場合
2)事業者集中についての審査に重大な影響のある新たな状況、新事実が出現し、事実確認を行わないと審査業務ができない場合
3)事業者の集中で付加された制限的条件について、さらなる評価を行う必要があり、かつ事業者が中断を請求している場合

(3)事業者集中の分類・ランク分けについての規定
新独禁法第37条は、「国務院独占禁止法執行機関は、事業者集中についての分類・ランク分けの審査制度を整え、国家経済や人民の生活等の重要な領域にかかわる事業者集中の審査を法に基づき強化し、審査の質と効率を高めなければならない」と規定し、分類・ランク分けの審査制度を導入することを明らかにしました。

現行の実務では、事業者集中の審査は簡易事案と通常事案に分かれていますが、新独禁法の下、分類・ランク分けがどのように行われるか、関連する細則等のさらなる規定が待たれるところです。

4.法的責任に関する改正
(1)独占合意に対する処罰の引き上げ
現行独禁法の規定における処罰は、すでに合意を締結しており、かつ実施した場合には、違法行為の停止を命じたうえ違法所得を没収し、前年度の売上高の1%以上10%以下の過料に処することができます。また、締結した合意をまだ実施していない場合には、50万元以下の過料に処するというものです。

新独禁法第56条ではこれに調整を加えており、すでに合意を締結し、かつ実施した場合には前年に売上がなくても500万元以下の過料に処することができ、まだ実施していない場合でも、300万元以下の過料に処することができるとしています。

(2)事業者集中に対する処罰の引き上げ
違法な事業者集中行為について、現行独禁法で定められた過料の上限は50万元でした。このような低額の過料では多くの企業にとって抑止力に乏しく、このことが届出を行わずに事業者集中を実施するケースの要因にもなっているとされてきました。

新独禁法第58条では、違法な事業者集中により競争を排除、制限する効果が生じた場合の処罰金額について、前年度の売上高の10%以下とし、競争を排除、制限する効果がない場合の処罰金額を500万元以下と定め、従前よりも大幅に処罰金額を引き上げています。

(3)特別な状況における懲罰的処罰の導入
新独禁法第63条では、さらに懲罰的処罰についての規定も追加しています。

具体的には、新独禁法第56条の独占合意、第57条の市場における支配的地位の濫用、第58条の事業者集中、第62条の独占禁止調査の拒否という行為を行い、かつその情状が特に重大で、特に悪い影響があり、特に深刻な結果をもたらす場合、それぞれの条項で定める過料金額の2倍以上5倍以下の過料に処することができることとされています。

(4)責任者の法的責任の追加
新独禁法では、関連責任者の法的責任も定めています。例えば新独禁法第56条では、「事業者の法定代表者、主要責任者及び直接の責任者が、独占合意を結んだことについて個人的責任を負う場合には、100万元以下の過料に処することができる」と追加で規定しており、独占合意を実施した企業の責任者に対して、個人的な処罰が下されうることが明らかにされました。

(5)民事公益訴訟の追加
新独禁法第60条では、「事業者が独占行為を実施し、社会・公共の利益に損害を与えた場合、区が設けられた市レベル以上の人民検察院は、法に基づき人民法院に民事公益訴訟3を提起することができる」と規定しています。実務上、企業の独占行為にかかわる被害者は分散しがちであり、個々の被害者では一般的に訴訟を提起する能力が乏しいことを考慮し、人民検察院による民事公益訴訟によって、個々の被害者による訴えの提起が難しいという問題の改善を図っています。今後、どのような運用がなされるかが注目されます。

今後の留意点

新独禁法における改正内容から分かるように、独占行為に対する処罰が大幅に引き上げられており、企業においては独占行為に関するコンプライアンスをいっそう重視すべきであると考えます。他方で、新独禁法では処罰の大幅な引き上げは行っているものの、処罰をどのように決定するか、過料の比率をどのような基準で選択するか、懲罰の倍数等をどのように決定するかについての具体的な規定はなく、今後の関連規則の制定状況、及び実務の運用状況を引き続き注視する必要があると考えます。

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1 セーフハーバーの規定については、国務院独占禁止委員会が2019年1月4日に公表した「知的財産権分野の独占禁止ガイドライン」第13条においても既に規定されていました。同条では、以下に掲げる条件のいずれかを満たす場合には、独占合意と認定しないとしています(ただし、当該合意が市場競争に対して排除、制限する影響を生じさせることを証明する、相反する証拠があるときを除く)。
1)関連市場における競争関係を有する事業者の市場シェアが合計で20%を超えない場合
2)知的財産権にかかわる合意の影響を受けるいずれかの関連市場における事業者と取引の相手方の市場シェアがいずれも30%を超えない場合
3)関連市場における事業者のシェアを取得することが困難な場合、又は市場シェアが事業者の市場における地位を正確に反映することができない場合。ただし、合理的なコストで得ることのできる、他の事業者が単独で支配する代替関係を有する技術が、各合意当事者が支配する技術以外に4つ又は4つ以上関連市場に存在する場合。

もっとも、同条は、現行独禁法第13条第1項第6号及び第14条第3号に定められている独占合意(例示されたものではなくキャッチオールの独占合意)のみに適用されるものでした。
2 国家市場監督管理総局令第30号、2020年10月23日公布、同年12月1日施行、最終改正2020年3月24日公布、同年5月1日施行
3 民事公益訴訟については、他の法令に基づいて既にその運用がなされています。例えば、生態環境を破壊する行為及び資源の保護、食品・医薬品の安全に関する分野における多くの消費者の適法な権益を侵害する行為、英雄・烈士等の氏名、肖像、名誉、栄誉を侵害する行為等の社会公共の利益を損なう行為に関する民事公益訴訟(「検察による公益訴訟事件における法律の適用の若干の問題についての最高人民法院、最高人民検察院の解釈」(法釈[2018]6号、2018年3月1日施行、同年3月2日施行、最終改正2020年12月29日公布、2021年1月1日施行)第13条)、個人情報取扱者が個人情報保護法の規定に違反して個人情報を取り扱い、多くの個人の権益を侵害する行為に関する民事公益訴訟(個人情報保護法(主席令第91号、2021年8月20日公布、同年11月1日施行)第70条)が挙げられます。最高人民検察院のデータによれば、2021年の全国の検察機関が立件した民事公益訴訟は2万件に上るようです。

 (2022年7月14日作成)


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本稿は、三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」(2022年7月掲載)からの転載です。