第63回 オンラインによるクロスボーダー訴訟の概説

概要

新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、審理の延期など中国の訴訟実務にも影響を及ぼしました。もっとも、これが感染拡大前より試行が始まっていた訴訟、送達等のオンライン化をますます進めることとなりました。現在ではオンラインによるクロスボーダー訴訟の運用も始まっています。本稿では、これらについて概説していきます。

1.はじめに

最高人民法院は、2015年という早い時期からスマート裁判所の構築を掲げ、現代科学技術の応用を司法審査承認活動に導入することに力を入れてきました。2020年に新型コロナウイルス感染症の流行が始まった時も、最高人民法院は、「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策期間におけるオンライン訴訟業務の強化及び規範化についての最高人民法院の通知」1(以下、「通知」)により、「中国モバイルマイクロ裁判所」等のオンライン訴訟プラットフォームを積極的に利用して立件、調停、証拠交換、開廷審理、判決の言い渡し、送達等のオンライン訴訟活動を全面的に実施し、感染拡大防止対策期間における一般市民の司法に対するニーズを効果的に満たし、人民法院の裁判業務が安定的に整然と行われるよう確保しなければならないことを明確にしました。

本稿では、このように進められているオンライン訴訟活動について、日本企業を含む外国企業にも影響があるクロスボーダーに関わる点を中心に取り上げ、その内容を概説します。

2.関連法規の主な内容

(1)通知の主な内容
通知に基づくと、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策期間におけるオンライン訴訟活動に関して、当事者は主として以下の点に留意する必要があると考えます。

ア 適法・自由意思の原則
通知では、オンライン方式で訴訟を行うか否かは、完全に、当事者自身で決定する事項であり、当事者がオンラインで行うことに同意せず、法により審理期間の延長を申請した場合、人民法院は強制的に適用してはならない旨が規定されています(通知第2条)。このように、オンライン方式での訴訟は強制されるものではありません。

イ ステータス認証
通知では、訴訟参加人については、複数の方式によるステータス認証を行い、「人、事件、アカウント」の整合性を図る旨が規定されています。具体的には、証明書類、証明書・許可証の照合、生体認証、実名登録と携帯電話番号の紐付け等によりオンライン方式でステータス認証が行われます(通知第4条)。

ウ 効率性・利便性の向上
通知では、訴訟資料、証拠資料のペーパーレス化、開廷審理のオンラインビデオ化、送達方式の電子化について規定されています(通知第7~10条)。

訴訟のオンライン化の要求により、訴訟資料、証拠資料のいずれもペーパーレスによる電子化が認められるようになり、民・商事事件、行政事件では、例外(当事者双方がオンラインビデオでの開廷審理に同意しない場合、オンラインビデオでの開廷審理を行うための技術的条件を備えていない場合、現場でステータスを明らかにし、原本を照合し、実物を調べて確認する必要がある等の事情がある場合)を除き、一般的にすべてオンラインビデオでの開廷審理が可能となりました。感染拡大防止対策期間において、各クラスの人民法院は、技術的条件及び業務上の必要に基づき、裁判官が電子訴訟記録の閲覧、事件の合議、裁判文書の作成・提出等をリモートで行うことを認めることができます。送達方式についても、法定の条件を満たせば、電子送達を行うことが可能となります。

(2)「クロスボーダー訴訟当事者にオンライン立件サービスを提供することについての最高人民法院の若干規定」2(以下、「若干規定」)の主な内容
外国人及び外国企業によるクロスボーダー事件のオンライン立件については、若干規定も公布されました。若干規定には、主として次のア~エのような内容が含まれます。

ア クロスボーダー事件の立件が可能な当事者
クロスボーダー事件立件が可能な当事者として、以下の1)~3)が挙げられています。
1)外国人、香港特別行政区、マカオ特別行政区(以下、「香港・マカオ特区」)及び台湾地区の住民
2)常居所地が中国国外又は香港・マカオ特区、台湾地区に所在する中国本土の公民並びに
3)中国国外又は香港・マカオ特区、台湾地区において登記・登録した企業及び組織(若干規定第1条)

もっとも、若干規定第3条によれば、当事者は「中国モバイルマイクロ裁判所」のアプリを利用して具体的な操作を行う必要があるため、中国国内の弁護士事務所等に委任しない限り、実際の事件の立件手続に際しては、先に当該アプリの利用の前提となるウィーチャットアカウントの登録を済ませておかなければなりません。

イ クロスボーダー事件の立件が可能な範囲
クロスボーダー事件立件が可能なのは、第一審の民事訴訟、商事訴訟の提起(若干規定第2条)です。

ウ クロスボーダーステータス認証
事件立件を初めて申請する場合、ステータス認証を行う必要があります。この際、まず、オンライン認証を行いますが、オンライン認証を行うことができない場合には、従来と同様に、公証・認証済みの書面の関連証明資料を提出して人による認証を行う必要があります(若干規定第4条、第5条)。例えば、出入国システムにおいて当事者の既存情報があれば、ステータス認証はオンラインによって行われます。しかし、外国の企業や個人で紛争発生前に中国と何の関係もない場合(個人の相続、企業の持分譲渡に関わる事件の場合など)には、オンラインではなく人による認証が行われます。

エ 代理人への委任
クロスボーダー訴訟当事者が中国国内弁護士を代理人に委任する場合の流れは、以下、1)~6)のとおりです(若干規定第6条)。

1)ビデオ立会日時の設定及び会議リンクの作成
裁判官とクロスボーダー訴訟当事者とで、代理委任に関する裁判官の立会の具体的な時間をあらかじめ定め、「中国モバイルマイクロ裁判所」アプリで代理委任に関するビデオ立会のための会議リンクを作成します。

2)ビデオ立会会議
定めた時間に、立会裁判官とクロスボーダー当事者及び委任を受けた弁護士の3者が一緒に代理委任に関するビデオ立会のオンライン会議室に入ります。

3)ステータスの確認
クロスボーダー訴訟当事者は立会裁判官にステータス証明書類を呈示します。

4)関連する請求の趣旨の確認
クロスボーダー訴訟当事者は関連する訴訟当事者の基本情報、関連する請求の趣旨、事実及び理由を陳述します。その場で署名をし、かつはっきりと示します。

5)授権委任の立会
立会裁判官は、委任を受けた弁護士及びその所属弁護士事務所並びに委任行為が確かにクロスボーダー訴訟当事者の真実の意思表示であるか否か、委任する権限等に補足又は変更があるか否かを確認しなければなりません。立会裁判官のビデオ立会の下、クロスボーダー訴訟当事者、委任を受けた弁護士が関連する委任代理文書に署名します。この場合、公証、認証、転送等の手続をさらに行う必要はありません。

6)告知
最後に、立会裁判官は、今回のビデオ立会の関連する法的文書及び授権委任状をビデオ立会後にオンライン事件立件プラットフォームに補足(添付)してアップロードするよう弁護士に告知します。ビデオ立会後、委任を受けた弁護士は、オンライン事件立件、オンライン費用納付等の事項を代行することができます。

(3)「人民法院オンライン訴訟規則」3(以下、「規則」)の主な内容
通知及び若干規定が公布された後、時を待たずして、規則が公布、施行されました。規則では、オンライン形式による訴訟について詳細な規定を行っています。外国人及び外国企業においても、規則にしたがって、オンラインにてクロスボーダー訴訟形態による訴訟活動を行うことができます。

ア 適用可能な事件の範囲
規則では、以下の1)~5)の事件について、オンライン訴訟を適用できるとしています(規則第3条)。
1)民事、行政訴訟事件
2)刑事即決裁判手続事件、減刑、仮釈放事件、及びその他特別な理由によりオフラインで審理することが適切でない刑事事件
3)民事特別手続、督促手続、破産手続及び非訟執行審査事件
4)民事、行政執行事件及び刑事附帯民事訴訟執行事件
5)その他オンライン方式による審理を採用することが適切である事件

イ 当事者の自由意思の原則の十分な徹底
通知と同様、規則では、オンライン方式を選択するか否かは、完全に、当事者の自由意思に基づく事項であり、当事者の一部が同意し、一部が同意しなかった場合、相応の訴訟手続の段階では同意した当事者についてはオンライン方式で、同意しなかった当事者についてはオフライン方式で行うことができる旨を規定しています(規則第4条)。

ウ 証拠の提出
証拠は電子化処理した後、プラットフォームにアップロードして提出することが可能であり(規則第11条)、また、当事者の選択及び案件状況に基づき、証拠の交換手続もオンラインで行うことができるとされています(規則第14条)。

証拠については「三性」(真実性、適法性、関連性)の要件を満たすことが依然として要求されています(規則第15条)が、電子証拠に対する裁判所の判断原則について、証拠保存用プラットフォームが証拠保存サービスに関する規定に適合しているか否か等の要素と結び付けて、総合的に判断しなければならない旨が規定されています(規則第17条)。このため、関連するタイムスタンプに関する規定、証拠保存サービスに関する規定などと結び付けて、総合的な分析・判断が行われるものと思われます。

(4)海外リモートによるクロスボーダー公証
司法活動の一環として、海外リモートでのクロスボーダー公証も「海外リモートビデオ公証試行業務の推進についての司法部弁公庁の通知」4(以下、「公証通知」)の施行に伴い実施できるようになりました。

もっとも、注目に値するのは、1)海外リモートによるクロスボーダー公証は現時点で中国国籍を有する中国本土地区の住民で、外交部試行館(日本で関係するのは、大阪、名古屋、福岡の3つの総領事館)の所在国に長期にわたり居住している場合(所在国に180日以上連続して滞在しているか、又は所在国の永住、長期在留ステータス証明書類、もしくは就労、留学等の長期ビザを取得している場合)のみに限られているということ、また、2)当事者が言葉又は行為について他者に協力してもらう必要があり、公証人と直接話し合うことができない場合、海外とのリモートによるビデオ公証は適用されないことです(公証通知二(一))。したがって、外国人又は外国企業は、現時点ではまだ海外リモートクロスボーダー公証の方式により、関連する公証手続を行うことはできないと考えられます。

(5)実務動向
現在、公表されている記事によれば、2021年3月、上海市徐匯区裁判所が同裁判所で初めての例となる、オンラインによるクロスボーダー事件の立件を完了しました。当該事件は、台湾住民X氏の上海Y社に対する持分譲渡をめぐる紛争に関わるものです。X氏の中国国内の授権代理人は、2021年3月に「中国モバイルマイクロ裁判所」アプリからクロスボーダー訴訟オンライン事件立件申請を提出しました。裁判所が実名認証及びステータス認証を行うようX氏に指導した後、X氏からその授権代理人に対する授権について裁判官によるビデオ立会を経て、事件立件の申請手続が完了しました。

また、別の記事によれば、2022年8月、深セン渉外渉港澳台家事裁判センターで、最初のクロスボーダー家事紛争事件の開廷審理が行われました。「深センモバイルマイクロ裁判所」を利用し、オンラインビデオ方式により、一件の渉外離婚紛争事件についてオンラインでの開廷審理が行われました。

このように、オンラインによるクロスボーダー訴訟は実務上もその運用が開始されています。

3.終わりに

上記「2.(5)実務動向」でも言及したとおり、オンラインによるクロスボーダー訴訟は、既に実務においてその運用が始まっています。証拠の電子化、オンライン提出、またオンライン審理の実施など、当事者にとっては利便性が高いものとなっています。特にオンライン審理となれば、外国にいながらにして審理への出席が可能となり、言語の問題はあるものの、従前と比べて審理に出席するためのコスト、時間を大きく節減できると考えられます。中国での訴訟提起を検討している日本企業としては、オンラインによるクロスボーダー訴訟の活用も選択肢の1つとして検討に値すると考えます。

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1:法[2020]49号、2020年2月14日公布、同日施行
2:2021年2月3日公布、同日施行
3:法釈[2021]12号、2021年6月16日公布、同年8月1日施行
4:司弁通[2022]57号、2022年5月5日公布、同日施行

(2022年10月1日作成)


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本稿は、三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」(2022年10月掲載)からの転載です。