第73回 「粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作った時に熱傷を負った事件」から司法実務における労災認定を考える
一、事件の背景
上海のA社の従業員Bは勤務時間中、粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作った時に、ガラス製のカップが破裂したために熱湯で左下肢に熱傷を負い、病院でⅡ度熱傷と診断された。上海の某区の人的資源・社会保障局(以下「人社局」という)は当該事故を労災と認定した。上海のA社はこれを不服とし、相次いで行政訴訟の一審及び二審を提起し、従業員Bの行為は会社の規定違反でありかつ業務とは関係がなく、その行為は「業務上の理由」に該当せず、労災と認定すべきではないと主張した。一審と二審の裁判所はいずれも上海のA社の請求を棄却し、人社局の労災認定の決定を支持した。
二、争点
本件の核となる争いは、労働者が就業時間中に就業場所で粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作ったために負傷したことが、「業務上の理由」による労災に該当するか否かという点にある。
三、裁判所の見解
- 一審裁判所の見解
労働者が勤務中に粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作る行為は、勤務中に通常の生理的要求を満たすことの範疇を逸脱しておらず、就業時間中に就業場所で負傷した状況とみなすことができる。
- 二審裁判所の見解
労働者がその労働の過程においてその必要とする合理的な生理的要求を満たす行為は、労働作業に従事する際の前提条件であり、勤労権の一部に該当し、法律により保護されるべきである。「労災保険条例」第十四条第(一)号に定める「業務上の理由による」には直接的な業務上の理由及び間接的な業務上の理由が含まれ、労働者が勤務中に通常の生理的要求により行う飲食は、一定の合理的範囲内であれば、業務の構成部分とみなすことができる。粉ミルクは湯や水を注いで飲む性質のインスタント飲料であり、労力や時間は大してかからず、通常は、粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作ることにより業務の正常な進行に影響を及ぼすことはない。従業員Bが勤務中に粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作った行為は、勤務中に通常の生理的要求を満たすことの範疇を逸脱しておらず、業務上の職責の直接的履行には該当しないが、業務上の職責をより十分に履行するためのものであり、間接的な業務上の理由に該当する。したがって、従業員Bが勤務中に粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作った時に熱湯で熱傷を負ったことは、就業時間中に就業場所で業務上の理由により事故に遭い負傷した状況に該当する。
上海のA社は、勤務中の水を飲む以外の飲食行為による従業員の負傷はいずれも労災には該当しないと考えているが、この見解はあまりにも狭隘であり、また、実際の業務、生活上の要求及び状况と合致しておらず、当裁判所はその控訴の理由を採用しない。
四、法的分析
「労災保険条例」第十四条第(一)号では、従業員が就業時間中に就業場所で業務上の理由により事故に遭い負傷した場合には、労災と認定しなければならないとされている。当該規定によれば、本件における労災認定は、「就業時間、就業場所、業務上の理由による」という三つの要素を満たす必要がある。
本件の事故が発生したのは就業時間中及び就業場所においてであるが、では、労働者が粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作った時に熱湯で熱傷を負ったのは、業務上の理由によるものだろうか?
本件の一審と二審の裁判所は「業務上の理由」について、次のような拡大解釈を採用している。
1.直接的な業務上の理由:職務上の職責を履行するための具体的行為。
2.間接的な業務上の理由:合理的な生理的要求を満たすための行為で、一定の合理的範囲内のものは、業務の合理的な構成部分とみなす。
この拡大解釈によると、労働者が労働の過程において行う、粉ミルクにお湯を注いでホットミルクを作るといった行為は、労働者が身体機能を維持するために行う短時間の行為であり、業務に影響を及ぼしておらず、合理的範囲内の行為に該当し、業務の合理的な構成部分とみなされるため、当該行為により負った熱傷は「業務上の理由による」事故・負傷の範疇に属する。
五、企業における労働者の使用・管理に対する示唆
1.企業の規則制度を規範化し、就業時間内の合理的行為の範囲を明確化し(例えば、短時間の休憩、簡単かつ短時間の飲食など)、労働者の生理的要求を過度に制限する条項は制定しないようにする。
2.例えば耐高温性の材質のカップを提供する、高温の熱湯の提供は行わない、従業員が飲食用の器を自ら用意するのを禁止するなど安全管理を強化し、不慮の事故のリスクを低減する。
3.使用者責任保険などの商業保険により、労災の賠償責任を分担する。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。