第51回 株主代表訴訟

Q:日本企業X社は、中国において、中国企業Y社と合弁会社Z社(有限責任会社)を設立しました。
持分比率はX社が30%、Y社が70%です。Z社にはY社より送られたA、B、Cと、X社により送られたDの合計4名の董事がおり、Aが董事長となっています。Z社は監事会を設置しておらず、2名の監事を置いています。
 先日、AがZ社の資金を個人的な目的のために流用していることが発覚しました。
X社としては、Z社の資金を流用したAに対してどのように責任を追及したらよいでしょうか?

A:Aの資金流用は、Z社に対する忠実義務違反であり、AはZ社に対して損害賠償責任を負います。そこで、Z社の株主であるX社は、まずはZ社の監事2名に対してAの責任を追及するように書面で請求することができます。監事がAの責任を追及しない場合には、X社が直接Aに対して株主代表訴訟を提起することができます。

解説

1 総論 
 会社は独立した法人であり、会社の利益が会社の董事、監事、高級管理者、株主、その他の者により侵害を受けた場合には、会社が自己の名義により権利を主張するのが原則です。
 しかし、中国会社法では、特定の状況下で、特定の条件の株主に直接訴えを提起する権利を与えています。この制度を株主代表訴訟といいます。
今回は、会社の経営監視や株主の権益を保護するための重要な制度である株主代表訴訟について説明していきます。

2 株主代表訴訟
(1)総論
 董事、監事、高級管理職は、法律、行政法規又は会社定款を遵守し、会社に対して忠実義務及び勤勉義務を負っており(中国会社法第147条第1項)、会社の職務を執行する際に、法律、行政法規又は会社定款の定めに違反し、会社に損害を与えた場合には、会社に対して損害賠償責任を負わなければなりません(中国会社法第149条)。
これらの責任を追及し、株主の利益を守るための制度として、株主代表訴訟があります。
 株主代表訴訟とは、会社の正当な権益が侵害を受け、会社(監事会、監事又は董事会、執行董事)がその侵害者の責任を追及することを怠る又は拒絶する場合に、株主が会社の利益のために自己の名義をもって、会社に代わって侵害者に対して訴訟を提起できる制度をいいます。

(2)適用範囲
株主代表訴訟を提起できるのは、大きく以下の2つの状況に分かれます。

董事、高級管理職、監事が会社の職務を執行する際に、法律、行政法規又は会社定款に違反して、会社に損害を与えた場合(中国会社法第149条)
他人が会社の合法的な権益を侵害し、会社に損害を与えた場合(中国会社法第151条第3項)

 このように、董事、高級管理職、監事のような会社内の者に限らず、会社外の者についても、株主代表訴訟により責任を追及することができます。

(3)提起主体
 株主代表訴訟を提起できるのは、会社の株主の地位を有する者です。その他の要件として、株式会社の株主の場合は、連続180日以上単独又は合計で会社の1%以上の株式を保有している必要があります。
しかし、有限責任会社の株主については、このような持株比率や保有期間の制限がありません(中国会社法第151条第1項)。

(4)保有時期
 上記の株主の地位は、株主代表訴訟を提起する時点で有している必要があります(会社法適用の若干問題に関する規定(一)第4条)
 しかし、侵害行為の発生時に株主の地位を有している必要はありません(全国法院民商事審判業務会議に関する紀要第24条)。
また、訴訟手続中は、継続して株主資格を維持する必要があると考えられています。
 例えば、最高人民法院は、最高人民法院(2013)民申字第645号において、株主代表訴訟を提起し、第二審の審理中に、そのすべての株式を譲渡し、工商変更登記を行った原告に対して、株主の身分をすでに喪失しており、株主代表訴訟の訴訟主体の資格を喪失したと第二審法院が判断したことについて、事実と法律の根拠があると判断しています。

3 手続
(1)提訴請求
ア 意義
 しかし、株主代表訴訟はすぐに提起できるわけではありません。日本法の株主代表訴訟と同様に、中国会社法の株主代表訴訟も、事前に会社に提訴請求をすることを要求しています。
提訴請求を要求している目的は、会社の自主的な意思決定を尊重するとともに株主の訴権の濫用を防止し、訴訟コストを節約することにあります。

イ 提訴請求の相手
 提訴請求の相手については、責任を追及する相手によって異なります。董事、高級管理者に対しての責任を追及する場合は、監事会(監事会が無い場合は監事)に請求します。
一方、監事に対して責任を追及する場合は、董事会(董事会が無い場合は執行董事)に請求します(中国会社法第151条第1項)。

ウ 提訴請求の方法
 提訴請求の方法については、書面で行う必要がありますが、その具体的な内容については中国会社法には特段の定めがありません。しかし、以下の内容を含むべきと考えられており、会社定款で定めることも可能です。

①関連する董事、高級管理職、監事が会社職務を行う際に、法律、行政法規又は会社定款の規定に違反し、会社に損害を与えたこと
②会社の名義で、関連董事、高級管理職、監事を被告として、人民法院に対して訴訟を提起すること

(2)直接訴訟
 上記の提訴請求の結果、以下の主体により会社の名義で訴えが提起される場合があります。
 まず、董事、高級管理職に対して訴訟を提起する場合は、会社を原告としなければならず、監事会主席(監事会が無い場合は監事)が会社を代表して訴訟を行います(会社法適用の若干問題に関する規定(四)第23条第1項)。
 一方、監事に対して訴訟を提起する場合、又は中国会社法第151条第3項の規定に基づき他人に対して訴訟を提起する場合は、会社を原告としなければならず、董事長(董事会が無い場合は執行董事)が会社を代表して訴訟を行います(会社法適用の若干問題に関する規定(四)第23条第2項)。

(3)株主代表訴訟
ア 意義
 しかし、董事、高級管理職、監事は、自身の責任も問われかねないため、必ずしも上記の直接訴訟に積極的ではなく、提訴請求のみでは経営監視が十分に機能しない可能性があります。
そこで、以下の場合、中国会社法第151条第1項に定める株主は、会社の利益のため、自己の名義により董事、高級管理職、監事、他人の責任を追及する訴訟をすることが認められています(中国会社法第151条第2項、第3項)。

・株主の書面による提訴請求を受領した後、訴訟の提起を拒否された場合
・株主の書面による提訴請求を受領した日から30日以内に訴訟を提起しない場合
・緊急の状況で、直ちに訴訟を提起しなければ会社の利益に回復しがたい損害をもたらす場合

イ 緊急の状況
 緊急の状況について、具体的な基準は中国会社法や司法解釈において規定されていませんが、例えば、《広東省深圳市中級人民法院 株主代表訴訟案件の審理についての裁判手引》第10条では、以下の要素を総合して判断しなければならないと規定しています。

①会社に対する侵害行為がまさに行われており、前置手続では、会社に対して補填し難い損害結果が発生するかどうか
②前置手続の返答を待っていては、会社の権利期間が満了してしまうかどうか
③侵害者がまさに会社財産を移転しようとしている、又は会社財産に紛失する可能性があるかどうか
④その他返答を待つことで会社の損失を拡大させ又は挽回できなくなる状況かどうか

ウ 訴訟参加
 董事、監事、高級管理職又は他人に対して株主代表訴訟を提起した場合、訴訟は株主により行われますが、会社を第三者として訴訟に参加させなければなりません(会社法適用の若干問題に関する規定(四)第24条)

エ 勝訴の利益
 株主が株主代表訴訟を提起した事件において、勝訴した場合の利益は会社に帰属します(会社法適用の若干問題に関する規定(四)第25条)。

オ 費用負担
 株主代表訴訟で、その請求の一部又は全部で人民法院の支持を得た場合、株主が訴訟により支払った合理的な費用は会社が負担しなければなりません(会社法適用の若干問題に関する規定(四)第26条)。

4 本件の検討
 
本件において、Aの資金流用は、Z社に対する忠実義務違反(中国会社法第148条第1項第1号)となります。
これに違反して取得した収入があれば、Z社の所有に帰属すると主張することも考えられます(中国会社法第148条第2項)。
 また、Z社の董事であるAは、忠実義務違反によって、Z社に対して損害賠償責任を負うため、Z社の株主であるX社は、まずはZ社の監事2名に対してAの責任を追及するように書面で請求することができます。
 そして、監事が訴訟の提起を拒否したり、書面の受領日から30日以内に訴訟を提起しない場合等には、X社はZ社の利益のため、X社の名義により、Aの責任を追及する訴訟を提起することができます。X社が勝訴した場合には、損害賠償請求の利益はZ社に帰属し、X社はZ社に対して訴訟により支払った合理的な費用を請求することができます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第890号)に寄稿した記事です。