第86回 労災認定における「職務遂行中に受けた暴力による傷害」の認定基準について

【事例】

A氏は上海の某コンピューター部品会社(以下「当社」という)の従業員である。2022年5月のある朝、A氏は同僚の指示により、他の同僚とともに部門全員分の朝食を指定場所で受け取り、作業場の調液室に持ち帰り、作業場の従業員が各自で朝食を受け取るよう手配していた。同日午前8時ごろ、A氏は、ある同僚が既に1食分の朝食を食べ終えたにもかかわらず、さらにもう1食分を受け取ろうとしているのを目撃し、会社の規定では一人につき1食分であることを伝えて注意を促した。その同僚は不快に思い、両者の間で口論となり、やがて取っ組み合いの喧嘩に発展し、A氏は殴られて負傷した。

その後、A氏は某区の人的資源社会保障局(以下「某区人社局」という)に対し、労災認定を申請した。某区人社局は2022年9月29日付けで「労災不認定決定書」を交付し、A氏が受けた傷害は「労災保険条例」第14条、第15条および「上海市労災保険実施弁法」第14条、第15条に定める労災認定または労災とみなす要件を満たさないとして、労災不認定の決定を下した。

A氏はこれを不服として、行政訴訟を提起した。裁判所は審理の結果、A氏の請求を棄却した。[1]

【分析】

現行の「労災保険条例」第14条第3号では次のように規定している。

「従業員に次の各号のいずれかに該当する事由がある場合は、労災と認定するものとする。……(三)労働時間内および労働場所において、職務の履行中に暴力等の予期しない傷害を受けた場合……。」

本件の事例を踏まえると、司法実務において「職務の履行」を認定するにあたっては、通常、以下の要件を満たすことが求められる。

  1. 行為が職務の範囲に属すること

従業員が行った行為は、使用者から権限を付与されたもしくは指示された職務の内容、または職務に直接関連する補助的行為であることが必要である。

本件において、裁判所は調査記録等の証拠に基づき、A氏の主たる職務が作業場のゴミの清掃運搬であることを確認している。事件当日、A氏は部門全員分の朝食を受け取って作業場の調液室まで持ち帰るよう臨時に指示されており、この行為は業務指示の一部に該当する。しかし、A氏が同僚と衝突したきっかけは、その同僚が数食分の朝食を受け取ろうとしたのを注意したことであり、この注意行為はA氏の「朝食を受け取り、配布する」という業務内容そのものとは直接的な関連性を有しない。会社の規定を遵守するよう他者を注意することは、A氏が権限を与えられた、または指示された職務ではない。

  1. 傷害と職務履行との間に直接的な因果関係が存在すること

すなわち、「職務を履行する行為がなければ、当該傷害は発生しなかった」といえる関係が必要であり、この因果関係は直接的かつ主要なものであって、間接的または偶発的なものでは不十分である。

本件において、A氏が負傷した直接の原因は、同僚との口論および取っ組み合いの喧嘩であり、朝食の配布過程において正常に職務を履行したことにより予期せぬ傷害を受けたものではない。言い換えれば、A氏の負傷とその職務履行との間には、直接的かつ内在的な因果関係が欠如している。

  1. 暴力のリスクが職務遂行に内在するか、または合理的に予見可能なものであること

暴力傷害のリスクは、当該職務の履行に通常付随するもの、または合理的に予見可能なものであることが求められる。例えば、警備員が窃盗を制止した際に襲撃される、教師が授業中生徒を指導した際に生徒から傷害を受ける、などが該当する。

本件において、朝食の配布という行為自体には、他者と身体的衝突に至るような固有のリスクは含まれていない。

【本件を踏まえた実務上の示唆】

会社側としては、各職務の範囲を明確に定め、職務の不明確さを理由とする紛争を未然に防止することが重要である。同時に、職場の管理を強化し、従業員間のトラブルや紛争に適切に対処し、暴力事件の発生を未然に防ぐことが求められると考える。

[1] (2023)滬0112行初218号。

以上


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