第1回 人員削減(リストラ)(1)~法定事由1~

Q:上海市所在の独資企業X社は、オフィスビルの移転などにより経費削減を進めてきましたが、競争激化による売上の下落と人件費の高騰のため、来月は設立以降初めての赤字になる可能性が出てきました。
X社としては、現在の状況では採算が取れず、経営が困難となることから、大規模な人員削減(現従業員300名のうち10%(=30名)の解雇)を実施したいと考えております。
人員削減に関する労働契約法の規定には「生産経営に重大な困難が生じた場合」には人員削減が可能との事由がありますので、当該事由をもって、直ちに人員削減を実施することができるでしょうか?

A:X社は、現時点では、「生産経営に重大な困難が生じた場合」との事由に基づいて人員削減を実施すべきではないと考えられます。

解説

1 人員削減(リストラ)
(1)人員削減の概要

労働契約法(以下「本法」といいます)第41条は、人員削減による従業員との労働契約解除について規定しています。同条項の内容をまとめると以下のとおりとなります。

◆人員削減の該当要件(①②のいずれも満たす必要あり)
①人員削減の法定事由を満たすこと
②人数が一定規模(20人以上又は20人未満だが企業の従業員総数の10%以上)であること

◆人員削減の手続
①30日前までに労働組合又は全従業員に対して状況を説明し、労働組合又は従業員の意見を聴取する
②人員削減計画を労働行政部門に届出る

(2)人員削減の法定事由

人員削減によって従業員との労働契約を解除するためには、人員削減の法定事由が必要となります。本法第41条では、当該法定事由について以下のものを定めています。
①企業破産法の規定に従い再生を実施する場合
生産経営に重大な困難が生じた場合
③企業の生産の転換、重大な技術革新又は経営方式の調整により、労働契約の変更後もなお人員削減の必要がある場合
④その他、労働契約締結時に拠り所とした客観的経済状況に重大な変化が生じたため、労働契約の履行が不可能になった場合

本件でX社が検討している労働契約の解除は、上記のうち②(以下「法定事由②」といいます)に該当することを理由にしたものです。

(3)法定事由②に基づく人員削減
ア 関連する法令法規について

 まず、本法の施行前に制定され、現在も有効である「企業の経済的理由による人員削減規定」では、「生産経営に重大な困難が生じた」こと以外に、「現地政府が規定する経済的に著しく困窮する企業の基準に達し、確実に人員削減を必要とする」場合に人員削減が可能である旨を規定しています。
 また、地方法規としては、例えば、北京市では、「3年連続して赤字経営でありかつ赤字額が年々増加しており、債務超過であり、80%の従業員が勤務中止又は自宅待機状態であり、連続して6か月間最低生活費基準に従い従業員に生活費を支給できていない場合」に、生産経営に重大な困難が生じ、確かに人員削減が必要である旨を規定しています(「北京市企業経済性人員削減規定」第1条、第3条第2号)。
 もっとも、上海市には、「企業の経済的理由による人員削減規定」が言及する上記基準に相当するものを含め、「生産経営に重大な困難が生じた場合」に関して規定した法規等はありません。

イ 上海市における実務上の取り扱いについて

 上海市には「生産経営に重大な困難が生じた場合」に関して規定した法規等がないことから、当該文言をいかに解釈すべきかについて、上海市のある区の労働当局(人力資源及び社会保障局)に電話にてヒアリングを行ったところ、「企業が、『生産経営に重大な困難が生じた場合』の要件を満たすためには、直近三年間連続して赤字の状況であることが必要である。また、直近三年間連続の赤字は、企業の財務諸表から明らかでなければならない」旨の回答がありました。
 また、近時に上海市の人民法院が下した実際の裁判例においても、企業が2009年から2012年に亘り連続して赤字であることに言及した上で、人員削減の実施を合法とした事例があります。

 以上に基づけば、上海市における実務上の取り扱いとしては、企業が数年に亘り赤字の状態であるか否かが重視されており、三年以上連続して赤字の状態である場合には、法定事由②に該当するとの解釈をすることにも一定の合理性があることがわかります。

2 本件
 X社が本法第41条で規定する人員削減を実施するためには、上記1(1)で言及した人員削減の該当要件を満たす必要があります。
 この点について、まずX社は、従業員30名の解雇を実施したいとのことであり、「②人数が一定規模(20人以上又は20人未満だが企業の従業員総数の10%以上)であること」との要件は満たします。
 次に、X社は、「①人員削減の法定事由を満たすこと」との点に関し、自社が法定事由②(「生産経営に重大な困難が生じた場合」)に該当するかを検討していますが、上記1(3)イで言及したとおり、上海市における実務上の取り扱いとしては、企業が数年に亘り赤字の状態であるか否かが重視されます。しかし、X社は、「来月は設立以降初めての赤字になる可能性が出てきました」とのことであり、現在は赤字の状態ではなく、ましてや数年に亘り赤字の状態であるわけではないと推測されます。
 このため、上海市における実務上の取り扱いに基づけば、X社が現時点において法定事由②に基づいて人員削減を実施した場合、当該人員削減は違法とされる可能性が高いと考えられますので、X社はそのような人員削減を実施すべきではないと考えます。

 なお、仮にX社が現時点において大規模な従業員のカットを実施したいようであれば、従業員との合意による契約解除を行うか、又は他の労働契約終了事由もしくは解除事由が存在するか否かを検討するしかないことになります。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第738号)に寄稿した記事です。