第8回 使用者からの労働契約の解除(1)~解除事由~

Q:上海市所在の独資企業X社は、売上が伸び悩んでいたところ、オフィスの賃料が急騰したため、若干交通の便が悪いものの賃料が安いオフィスビルにオフィスを移転することを考えています。しかし、このことを従業員に説明したところ、従業員A(X社と期間の定めのない労働契約を締結)が「オフィスの移転には同意できない。労働契約書にはこれまでのオフィスの所在地が勤務場所として記載されている。X社は一方的に契約書記載の従業員の勤務場所を変更することはできない」と主張し、猛反発しています。他方で、Aの勤務態度は決して良好とは言えず、毎日のように就業規則に定められた出勤時間よりも遅れて出社しています。
X社は、このようなAを解雇(一方的に労働契約を解除)できるでしょうか?また、その場合、経済補償金を支払わずに解雇できるでしょうか? 

A:X社は、後述する予告解除事由③ないしは即時解除事由②に該当することを理由に、Aとの労働契約を一方的に解除しうると考えられ、また即時解除事由②に該当する事情がある場合には経済補償金の支払いなしにAとの労働契約を一方的に解除できると考えます。

解説

1 法令の定め

(1)使用者からの労働契約解除(解雇)の類型
労働契約法(以下「本法」といいます)では、使用者からの労働契約解除(解雇)の類型として、以下の3類型を規定しています。

【即時解除】
即時解除は、事前の予告なしに、使用者から労働契約を一方的に解除する場合です。以下が即時解除事由に該当します(本法第39条)。

①試用期間において採用条件に不適格であることが証明された場合
使用者の規則制度に著しく違反した場合
③重大な職務怠慢、私利のための不正行為があり、使用者に重大な損害を与えた場合
④労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、使用者の業務上の任務の完成に重大な影響を与え、又は使用者から是正を求められたもののこれを拒否した場合
⑤本法第26条第1項第1号に規定する事由により労働契約が無効となった場合
⑥法に従い刑事責任を追及された場合

 

【予告解除】
予告解除は、ⅰ30日前までの労働者本人への書面形式での通知又はⅱ労働者への1か月分の賃金の支払いを行った上で、使用者から労働契約を一方的に解除する場合です。以下が予告解除事由に該当します(本法第40条)。

①労働者が病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間の満了後も元の業務に従事できず、使用者が別に手配した業務にも従事することができない場合
②労働者が業務に不適任であり、研修又は勤務部署の調整を経ても依然として業務に不適任である場合
③労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じ、労働契約の履行が不可能になり、使用者と労働者との間で協議を経ても労働契約内容の変更について合意に達することができない場合

 

【整理解雇】
整理解雇は、以下①~④に掲げる事由のいずれかに該当し、かつ20人以上の人員削減、又は20人未満であるものの企業の従業員総数の10%以上を占める人員削減を行う場合です。整理解雇を行う場合、使用者は、労働組合又は全従業員に対する30日前までの説明、意見聴取を行った後、人員削減計画を労働行政部門に届け出なければなりません(本法第41条)。

①企業破産法の規定に従い更生を行う場合
②生産経営に重大な困難が生じた場合
③企業の生産の転換、重大な技術革新又は経営方式の調整により、労働契約を変更した後もなお人員削減の必要がある場合
④その他、労働契約締結時に拠り所とした客観的経済状況に重大な変化が生じたため、労働契約の履行が不可能になった場合

 (2)各類型の主な差異
 上記(1)の3類型の主な差異としては以下の点が挙げられます。

①予告の要否
 上記(1)でも言及しましたとおり、即時解除については事前の予告なしに労働契約を解除できます。次に、予告解除については30日前までの労働者本人への書面形式での通知(又は労働者への1か月分の賃金の支払い)が必要です。また、整理解雇については労働組合又は全従業員に対する30日前までの説明、意見聴取が必要とされています。

②解除制限事由の有無
 即時解除、予告解除、整理解雇のいずれの場合についても、労働者に上記(1)に掲げた各事由がない限り行うことができませんが、さらに予告解除及び整理解雇については、労働者に上記(1)に掲げた各事由が存在したとしても、労働者に以下の事由のいずれかが存在する場合には労働契約を解除してはならないとされています(本法第42条)。

i 職業病の危険性に触れる業務に従事した労働者に離職前職業健康診断を行わず、又は職業病が疑われる病人で診断中もしくは医学観察期間にある場合
ii 当該使用者において職業病を患い、又は労働災害により負傷し、かつ労働能力の喪失もしくは一部喪失が確認された場合
iii 病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間内にある場合
iv 女性従業員が妊娠、出産、授乳期間にある場合
v 当該使用者の下において勤続満15年以上で、かつ法定の定年退職年齢まで残り5年未満である場合
vi 法律、行政法規に規定するその他の場合

③経済補償金の要否
 経済補償金についてはその支払事由が法定されているところ、即時解除をする場合は支払事由として定められていませんが、予告解除及び整理解雇をする場合は支払事由として定められています(本法第46条)。

④服務期に関する違約金支払いの要否
 服務期とは、使用者が労働者のために特別な費用を支出し、当該労働者に対して専門技術育成訓練を行う場合に、使用者と労働者との間で協議書を締結することで設定する、使用者の下での勤務を義務付ける期間をいいます(本法第22条第1項参照)。

服務期の約定がある場合に、使用者が予告解除又は整理解雇を行ったとしても、労働者は当該服務期に関する違約金の支払いをする必要はありません。しかし、使用者が即時解除(但し、「試用期間において採用条件に不適格であることが証明された場合」を即時解除事由とする場合を除く)を行うときは、労働者は労働契約の約定により使用者に違約金を支払わなければならないとされています(本法実施条例第26条第2項)。

以上の①~④を表としてまとめると次のとおりとなります。

【各類型の主な差異】

 

即時解除

予告解除

整理解雇

①予告の要否

 不要

必要
30日前までの労働者本人への書面形式での通知又は労働者への1か月分の賃金の支払い

必要
労働組合又は全従業員に対する30日前までの説明、意見聴取

②解除制限事由の有無

 なし

あり

あり

④経済補償金の要否

 不要

必要

必要

③服務期に関する違反
金支払いの要否

 必要

不要

不要

 

2 本件

本件のX社は、Aとの労働契約を一方的に解除(解雇)したいと考えているところ、X社から一方的に解除する方法としては以下の2通りが考えられます。

(1)予告解除
 本件X社はオフィスの移転を考えているところ、Aはこれに猛反発しています。
 この点については、賃料の急騰によるオフィスの移転は、予告解除事由③の「労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化」に該当する可能性が高いといえます。また、新しいオフィスがこれまでのオフィスから非常に離れた場所にある場合などにおいては、客観的状況の変化によって「労働契約の履行が不可能」になったといえます。
 このため、今後、X社とAとの間で「協議を経ても労働契約内容の変更について合意に達することができない」ようであれば、X社は、その具体的な事情により予告解除事由③に該当することを理由にAとの労働契約を一方的に解除できると考えられます。
 もっとも、予告解除を行う場合には、経済補償金を支払う必要があります。

(2)即時解除
 本件のAは、勤務態度が決して良好とは言えず、毎日のように就業規則に定められた出勤時間よりも遅れて出社しているようです。
この点については、実際の遅刻回数、遅刻時間、遅刻の理由、及びX社の就業規則の内容等の具体的な事情次第では、即時解除事由②の「使用者の規則制度に著しく違反した場合」に該当する可能性があります。仮に当該即時解除事由に該当する場合、X社は、Aとの労働契約を即時解除できると考えます。
 また、即時解除を行う場合には、経済補償金の支払いも必要ありません。

(3)結論
 したがって、X社は、予告解除事由③ないしは即時解除事由②に該当することを理由に、Aとの労働契約を一方的に解除しうる余地があります。また即時解除事由②に該当する事情がある場合、Aとの労働契約の解除にあたり経済補償金を支払う必要はありません。
もっとも、即時解除事由②の「規則制度に著しく違反した」を証明することは容易ではありません。このため、就業規則において、どのような行為をした場合、「規則制度に著しく違反した」に該当するかを明確にしておくべきであると考えられます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第698号)に寄稿した記事です。