第10回 使用者からの労働契約の解除(3)~即時解除(規則違反従業員について)~

Q:上海市所在の独資企業X社では、最近従業員らによる業務中の私的な電話、居眠り、私語などが目立つようになっており、また特定の従業員に至っては10分程度ではあるものの、しばしば遅刻して出勤してきます。
X社は設立当時、時間がない中での設立であったため、十分な就業規則を制定できておらず、解雇については「会社は法定の事由に該当する場合には従業員との労働契約を一方的に解除できる」旨の定めがあるのみであり、また労働規律に関しても特段の定めがありません。
そこで、X社は、今後上記のような従業員が出てこないようにするため、就業規則において、業務中の私的な電話、居眠り、私語、及び遅刻を明文で禁止し、これに一度でも違反した場合にはその理由や程度のいかんに関わらず、当該違反従業員を即時に解雇できる旨を定めたいと考えておりますが、このようなことは可能でしょうか?

A:X社の検討している就業規則の内容のうち、業務中の私的な電話、居眠り、私語、及び遅刻を明文で禁止することに問題はありません。
もっとも、X社の検討している就業規則の内容のうち、上記禁止事項に一度でも違反した場合にはその理由や程度のいかんに関わらず、違反従業員を即時に解雇できる旨を規定することは、仮に当該規定に基づく解雇につき紛争になった場合、当該規定の内容が合理的ではないことを理由として解雇が違法とされるリスクがあるため、妥当ではないと考えます。

解説

1 即時解除事由(使用者の規則制度に著しく違反した場合)

(1)使用者からの労働契約の即時解除

X社は、労働規律に違反した従業員について即時に解雇(一方的に労働契約を解除)できる旨を定めたいとのことです。労働契約法[1](以下「本法」といいます)第39条では、このような事前の予告なしに使用者から労働契約を一方的に解除する場合、すなわち、労働契約の即時解除について定めており、即時解除が可能な事由を以下のとおりとしています。

 

  • 試用期間において採用条件に不適格であることが証明された場合
  • 使用者の規則制度に著しく違反した場合
  • 重大な職務怠慢、私利のための不正行為があり、使用者に重大な損害を与えた場合
  • 労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、使用者の業務上の任務の完成に重大な影響を与え、又は使用者から是正を求められたもののこれを拒否した場合
  • 本法第26条第1項第1号に規定する事由により労働契約が無効となった場合
  • 法に従い刑事責任を追及された場合

 

 労働規律違反の従業員に対する即時解除は、上記事由のうち②「使用者の規則制度に著しく違反した場合」に該当するかが最も問題となりうるところです。なお、本法第40条では予告解除についても定めていますが、労働規律違反の従業員は予告解除事由のいずれにも直ちに該当することはないと考えられます。

 

(2)「使用者の規則制度に著しく違反した場合」を理由とした即時解除のポイント

 「使用者の規則制度に著しく違反した場合」を理由とした即時解除のポイントとしては以下の4つを挙げることができます。

 

【「使用者の規則制度に著しく違反した場合」を理由とした即時解除のポイント】

▶ ポイント①:規律内容及び「著しく違反」に該当する場合を具体的に定めておくこと
▶ ポイント②:規則制度が最高人民法院の司法解釈に合致すること
▶ ポイント③:規則制度の内容が合理的なものであること
▶ ポイント④:事実の立証を可能なようにしておくこと

 

ア ポイント①:規律内容及び「著しく違反」に該当する場合を具体的に定めておくこと

 使用者としては、まず労働者において遵守を望む労働規律を、可能な限り具体的に定める必要があります。これによって労働者による「使用者の規則制度に・・・違反した」との事実が生じうることになります。
 次に、いかなる労働規律違反が「著しく違反」に該当するかを就業規則で明確に定めておく必要があります。なぜなら、現在の法令では、「著しく違反」がどのような場合を指すかが明確にされておらず、労働者に労働規律違反があったとしても、それが「著しく違反」に該当することの証明は容易ではなく、このために、あらかじめ就業規則において、どのような違反行為をした場合、「著しく違反」に該当するかを明確にしておくべきであると考えられるからです。

イ ポイント②:規則制度が最高人民法院の司法解釈に合致すること

 ポイント①のとおり、使用者は規律内容及び「著しく違反」に該当する場合を具体的に就業規則に定めておくべきであると考えますが、就業規則を含む自己の規則制度を労働紛争事件の審理において根拠として主張するためには、「労働紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下「本解釈」といいます)第19条に従う必要があります。同条では、使用者が自己の規則制度を根拠として主張するためには次の3要素が必要である旨が規定されています。

ⅰ 規則制度が民主的な手続を経て制定されていること
ⅱ 規則制度が国の法律、行政法規及び政策の規定に違反していないこと
ⅲ 規則制度が労働者に公示されていること

 上記のうち、ⅰ及びⅲについては、本法第4条第2項、第4項に具体的な規定[7]が置かれています。また、ⅱについては、例えば、「女性従業員は在籍期間中に妊娠してはならず、妊娠した場合には規則制度に著しく違反したとみなし解雇する」というような、既存の法令(「女性従業員労働保護特別規定」第5条等参照)等に違反する内容を定めることはできないことを強調しています。

ウ ポイント③:規則制度の内容が合理的なものであること

 司法実務においては、規則制度の内容について、合法であることに加えて合理的なものであることをも要求され、不合理な規則制度に基づく労働契約の解除は違法とされる可能性があります。

 この点についての裁判例として、会社が、従業員代表大会を招集して採択した「白タクに乗ることは禁止し、違反した者は解雇処分とする」との決議に基づき、労働者との労働契約を解除したところ、当該解除が違法と判断された事例があります。
 違法と判断した理由について、第一審である江蘇省蘇州工業園区人民法院は、「規則制度は法律、法規の規定に適合する必要があるとともに、合理的である必要もある」旨に言及し、また、上訴審である江蘇省蘇州市中級人民法院も、「規則制度は法律、法規の規定に適合する必要があるとともに、情理にも合う必要があり無限の拡大ないしは労働過程及び労働管理の範疇を超えることはできない」、「労働者がいずれの交通手段によって出勤するかは労働者の私的な事項であり、使用者は強制的な規定を定める権利はない、仮に労働者に違法な点が確かに存在する場合には国家行政機関等が処罰を行う権利を有する」としています。

 これらの人民法院の判断からも、規則制度の内容は合理的である必要があることがうかがえます。

エ ポイント④:事実の立証を可能なようにしておくこと

 最後に、仮に上記ポイント①~③をクリアした規則制度が存在する場合であっても、即時解除を行うためには、「使用者の規則制度に著しく違反した」事実(又は当該事実に該当するとみなされる事実)の立証が可能なように自らの主張を裏付ける証拠を確保しておく必要があります。
 この点についての具体的な裁判例として、使用者が、「会社の規則制度(本規則を含む)に著しく違反した場合(三回以上の規則違反の記録を受けた場合とする)」との就業規則の規定に基づき労働契約を解除したところ、当該解除が違法と判断された事例があります。

 違法と判断した理由について、上訴審である上海市第一中級人民法院は、使用者が主張する三回の規則違反のうち、第一回目の規則違反(朝礼に出席しなかったこと)は認めたものの、第二回目の規則違反(2日に亘り無断欠勤したこと)及び第三回目の規則違反(故意に会社の財物に損害を与える行為をしたこと)についてはそれを立証するに足る証拠がないとの理由でこれらを認めず、ひいては、使用者が労働者の三回の規則違反をもって規則制度に著しく違反したとして労働契約を解除したことには、事実の根拠が欠けるとしています。

 当該人民法院の判断からは、仮に内容及び手続の両面において合法かつ合理的な規則制度を定めたとしても、当該規則制度に定める事実の立証ができなければ、即時解除を行うことはできないことがうかがえます。

2 本件
X社が検討している就業規則の内容のうち、業務中の私的な電話、居眠り、私語、及び遅刻を明文で禁止することに問題はありません。むしろ、中国において労働者を規律するためには、このような業務中における禁止行為を具体的かつ詳細に列挙しておくことが重要であると考えられます。

 もっとも、X社が検討している就業規則の内容のうち、上記禁止事項に一度でも違反した場合にはその理由や程度のいかんに関わらず、違反した従業員を即時に解雇できる旨を定めることは妥当ではないと考えます。上記1(2)ウでも言及しましたとおり、規則制度の内容は、合法であることに加えて、合理的なものでなければなりません。例えば、私的な電話一つを取っても、家庭上の緊急事情によりやむを得ず電話せざるを得ない場合もあり、その理由や程度のいかんに関わらず、禁止事項に一度でも違反した場合には即時に解雇できる旨を定めることは、合理的とはいい難いと言わざるをえません。当該就業規則の規定が民主的な手続を経て制定され、また従業員に公示されていたとしても、仮に即時に解雇された従業員との間で紛争になった場合、当該就業規則の規定に基づく即時の解雇は違法とされるリスクがあります。
 このため、X社としては、上記1(2)エの司法事例のように、例えば、三度禁止事項に違反した場合に「規則制度に著しく違反した」場合に該当する旨を定めるなど、規定内容の合理性に配慮しつつ、本法の条項をも意識した規定ぶりにするべきであると考えます。

 なお、上記1(2)エのとおり、規則制度に定める事実の立証が可能なようにしておくことも重要です。遅刻についてはタイムカードなどによって比較的立証がし易いと考えられますが、業務中の私的な電話、居眠り、私語などについては、場合により、録音や録画などの手段をも用いながら証拠収集をし、立証に備える必要があります。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第705号)に寄稿した記事です。