第12回 使用者からの労働契約の解除(5)~即時解除(兼職を行う従業員について)~

Q:上海市所在の独資企業X社は、最近従業員Aの勤務態度が不自然なため、Aの部署内でヒアリングを行ったところ、「Aは、退勤後に6時間程度Y社でも勤務しているようである」との情報を得ました。X社はAに対して、直ちにY社での勤務をやめるよう口頭で是正を求めましたが、Aは、「Y社とは書面での労働契約を締結していないから問題ない。また、X社での業務に影響は与えていない」などと述べ、これを拒否しました。
このため、X社は、Aに対し、労働契約を解除する旨を書面で通知したところ、AはX社による労働契約の解除は不当であるとして労働仲裁を申し立てる構えを見せています。
仮にAとの間で労働仲裁又は訴訟となった場合、X社による上記労働契約の解除は認容されるでしょうか?また、X社は、Y社に対して何らかの請求ができるでしょうか?

A:X社による労働契約の解除は、労働仲裁又は訴訟において認容される可能性が十分にあると考えられます。また、X社は、Aの兼職期間中に自己が受けた経済的損害がある場合、Y社に対して、Aと連帯して当該損害を賠償するよう請求できます。

解説

1 即時解除事由(労働者が兼職を行う場合)

(1)使用者からの労働契約の即時解除
 労働契約法(以下「本法」といいます)第39条では、事前の予告なしに使用者から労働契約を一方的に解除する場合、すなわち、労働契約の即時解除について、以下の解除事由を定めています。

①試用期間において採用条件に不適格であることが証明された場合
②使用者の規則制度に著しく違反した場合
③重大な職務怠慢、私利のための不正行為があり、使用者に重大な損害を与えた場合
④労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、使用者の業務上の任務の完成に重大な影響を与え、又は使用者から是正を求められたもののこれを拒否した場合
⑤本法第26条第1項第1号に規定する事由により労働契約が無効となった場合
⑥法に従い刑事責任を追及された場合

 上記④は、労働者の兼職を理由とした解除事由であり、これには以下2つの場合が含まれます。

 ⅰ 労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、使用者の業務上の任務の完成に重大な影響を与えた場合(以下「解除事由ⅰ」といいます)
 ⅱ 労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、使用者から是正を求められたもののこれを拒否した場合(以下「解除事由ⅱ」といいます)

本件でX社が行った労働契約解除の通知は、解除事由ⅱに該当することを理由にしたものであることがわかります。

(2)解除事由ⅱの意義について
 解除事由ⅱが認められるためには、同時に他の使用者と労働関係を確立したこと、及び使用者からの是正要求を拒否したこと、という二つの要件を満たす必要があります。

ア 他の使用者との労働関係の確立について
 本事例のAは、「Y社とは書面での労働契約を締結していないから問題ない」と述べています。この点について、本法第10条第1項では、「労働関係を確立する場合、書面の労働契約を締結しなければならない」と定めており、Aの主張が認められるようにもみえます。

しかし、本法第11条及び第14条第3項では、書面の労働契約が締結されない場合であっても、労働契約自体は成立していることを前提に、その際の取り扱い(使用者が雇用開始日から満1年時に労働者と書面の労働契約を締結しない場合、使用者と労働者が既に期間を固定しない労働契約を締結したものとみなすことなど)について定めています。

また、「労働関係の確立に関する事項についての通知」(以下「本通知」といいます)では、書面での労働契約を締結していない場合の労働関係確立の有無の判断基準について以下のとおり定めています。

【労働関係確立の有無の判断基準(本通知第1条)】
使用者が労働者を採用した際に書面での労働契約を締結しなかったが、次の各号に掲げる状況に同時に該当する場合は、労働関係が確立する
 ①使用者及び労働者が法律、法規に規定された主体となる資格を有すること
 ②使用者が法により制定した各内部規定が労働者に適用され、労働者が使用者の労働管理を受け、使用者の手配した報酬のある労働に従事していること
 ③労働者が提供する労働が使用者の業務の構成部分であること

以上のとおり、労働関係の確立においては書面での労働契約の締結が必須とはされておらず、書面での労働契約の締結にかかわらず、一定の条件を満たす場合には労働関係が確立すると考えられます。

イ 使用者からの是正要求について
 X社はAに対して直ちにY社での勤務をやめるよう口頭で是正を求めていますが、口頭であっても、使用者からの是正要求に該当するでしょうか?
この点については、文言上単に「使用者から是正を求め」と規定されているのみであり、書面でなければならないとの制限はありません。
また、実際の裁判例においても、会社が口頭で兼職行為を是正するように求めたにもかかわらず、労働者がその是正を行わなかったために会社が行った労働関係の解除について、不当ではないとしたものがあります。
 以上のことからすれば、口頭で是正を求める場合であっても、「使用者から是正を求め」に該当すると考えられます。もっとも、口頭によって是正を求めた場合、後に是正を求めたことの証明が困難になることが予想されますので、やはり書面によって行うのが望ましいといえます。

2 兼職先となった使用者の責任
兼職先となった使用者については、本法第91条の「使用者が他の使用者との労働契約を未だ解除し、又は終了していない労働者募集・雇用し他の使用者に損害を与えた場合、連帯賠償責任を負わなければならない」との規定(労働法第99条でも同趣旨が規定されています)に従わなければなりません。

 なお、「『労働法』における労働契約に関する規定に対する違反についての賠償弁法」第6条では、上記の賠償を要する具体的な損害として、「生産、経営及び業務に与えた直接的な経済的損害」を挙げています。

3 本件
まず、Aは、「Y社とは書面での労働契約を締結していないから問題ない」旨を述べていますが、本件が1(2)アで挙げた労働関係の確立に関する判断基準の①~③に該当するようであれば、たとえAとY社との間で書面での労働契約を締結していなかったとしても、AとY社(他の使用者)との間で労働関係が確立されたことになります。

 次に、Aは、「X社での業務に影響は与えていない」旨を述べています。しかし、即時解除に関する解除事由ⅱにおいては、X社(使用者)からの是正要求に対してA(労働者)が拒否したことをもって解除事由の要件を満たします。なお、X社は口頭で是正を求めていますが、X社がこのことを証明できる限り、特段問題とはなりません。
以上のことから、X社による労働契約の解除は、労働仲裁又は訴訟において認容される可能性が十分にあると考えられます。
 また、X社は、Aの兼職期間中に自己が受けた経済的損害(例えば、Aが兼職のためにX社での業務に集中して取り組めず、かつそれによって業務上の過失行為(X社の所有物の毀損、誤発注等)が生じた場合の損害などが含まれると考えられます)がある場合、Y社に対して、Aと連帯して当該損害を賠償するよう請求できます。

 なお、本件とは直接関わりがありませんが、解除事由ⅰの「使用者の業務上の任務の完成に重大な影響を与え」についても若干の補足を致しますと、当該文言の中で最も重要である「重大な影響」に関して、労働契約法、労働法及びその関連法令では具体的に規定したものはありません。
 このため、仲裁廷又は人民法院が、個々の事案の状況に鑑み、「重大な影響」の有無を判断することになり、仲裁廷又は人民法院に比較的大きな自由裁量の余地が与えられているということができます。これまでに「重大な影響」があると認定された裁判例をいくつか見てみると、①2つの労働関係の勤務時間の大部分が重なり合っていることを理由としたものや、②勤務時間中、集中力に欠け、元気がなく、仕事が怠慢であることを理由にしたものなどがあります。
 もっとも、実際に紛争になった場合に、「重大な影響」との要件を証明することはやはり容易ではありません。このため、労働者の兼職を理由に労働契約を即時解除する場合には、本件のように是正を求めてから行う(労働者が是正を拒否した場合に限る)か、又は社内規則で明確に兼職を禁止するとともに、当該禁止行為を行った場合には「使用者の規則制度に著しく違反した場合」(上記(1)②)に該当する旨の定めを設けた上で、当該事由を根拠に行うことが考えられます。 


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第713号)に寄稿した記事です。