第15回 使用者からの労働契約の解除(8)~予告解除(医療期間経過後の従業員)~
Q:上海市所在の独資企業X社は、従業員A(新卒でX社に入社、現在2年目、賃金月1万元、営業職)より、「週末に山登りをしていたところ滑落してしまい、両足ともに骨折してしまった。これでは営業ができないので、病気休暇を取得したい」旨の申出があったため、X社は、Aの病気休暇を認めました。しかし、3か月が経過してもAが出社しないため、X社が確認したところ、「まだ完治しておらず、歩行も困難なので、あと3か月病気休暇を取得したい」旨の要望がありました。なお、X社の就業規則には病気休暇について特段の規定はありません。
X社としては、これ以上Aの要望を聞き入れるのは難しいため、怪我を理由に勤務できないようであれば、Aとの労働契約を解除したいと考えていますが、可能でしょうか?
A:X社は、現時点ではAの怪我を理由にして労働契約を解除できません。X社がAの怪我を理由に労働契約を解除するためには、Aにあと1か月の病気休暇を取得させた上で、当該1か月の病気休暇が経過した時点において、Aが元の業務である「営業職」及びX社が手配する別の業務のいずれにも従事できないという事実が必要となります。
解説
1 予告解除事由(医療期間経過後の従業員)
(1)使用者からの労働契約の予告解除
労働契約法(以下「本法」といいます)第40条では、30日前までの労働者本人への書面形式による通知又は労働者への1か月分の賃金の支払いを行った上で、使用者から労働契約を一方的に解除する場合、すなわち、労働契約の予告解除について、以下の解除事由を定めています。
①労働者が病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間の満了後も元の業務に従事できず、使用者が別に手配した業務にも従事することができない場合
②労働者が業務に不適任であり、研修又は勤務部署の調整を経ても依然として業務に不適任である場合
③労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じ、労働契約の履行が不可能になり、使用者と労働者との間で協議を経ても労働契約内容の変更について合意に達することができない場合
本件でX社が検討している労働契約の解除は、上記のうち①(以下「解除事由①」といいます)に該当することを理由にしたものです。
(2)解除事由①に基づく予告解除
解除事由①では以下の各要件を規定しています。
ア 労働者の私傷病による休暇
イ 医療期間の満了
ウ 労働者が元の業務及び別に手配した業務のいずれにも従事できないこと
ア 労働者の私傷病による休暇
まず、解除事由①では、「労働者が病を患い、又は業務外の理由で負傷し」としています。
この点については、労働者が、私傷病、つまり業務外の理由で病を患ったり、負傷したりしたことを表しています。このため、労働者が業務上の理由で病を患ったり、負傷したりした場合は、当該要件には該当しません。
イ 医療期間の満了
次に、「規定の医療期間の満了」が要件とされています。
「医療期間」については、「企業従業員の罹病又は業務外の理由による負傷の医療期間についての規定」(以下「医療期間規定」といいます)第2条において、「企業従業員が罹病又は業務外の理由による負傷によって勤務を停止し、病気を治療し、休暇を取得する場合において、労働契約を解除してはならない期間」と定義付けられています。
当該定義からすれば、医療期間は、業務外の理由による病気・怪我の治療のために休暇が必要な期間ではなく、あくまでも労働契約を解除してはならない期間であることがわかります。
また、「医療期間」の具体的な期間は以下のとおりです。全国的な規定と上海市の規定には差異があります。このように全国的な規定と地方規定の内容に差異がある場合、一般的に地方規定が優先的に適用されます。
【医療期間(全国的な原則基準)】(医療期間規定第3条)
合計勤務年数 |
現在の会社での勤務年数 |
医療期間 |
医療期間計算周期 |
10年以下 |
5年以下 |
3か月 |
6か月 |
5年を超える |
6か月 |
12か月 |
|
10年を超える |
5年以下 |
6か月 |
12か月 |
5年を超え10年以下 |
9か月 |
15か月 |
|
10年を超え15年以下 |
12か月 |
18か月 |
|
15年を超え20年以下 |
18か月 |
24か月 |
|
20年を超える |
24か月 |
30か月 |
【医療期間(上海市)】(「上海市の労働者の労働契約履行期間における罹病又は業務外の理由による負傷の医療期間の基準についての規定」第2条)
現在の会社での勤務年数 |
医療期間 |
1年未満 |
3か月 |
以後、満1年ごと |
+1か月(但し上限は24か月) |
ウ 労働者が元の業務及び別に手配した業務のいずれにも従事できないこと
最後に、解除事由①は、「元の業務に従事できず、使用者が別に手配した業務にも従事することができない」ことを要件として挙げています。
このため、医療期間満了後の労働者が元の業務に従事できないだけではなく、使用者側により別に手配された業務にも従事できない場合に、使用者側は初めて当該労働者との労働契約を解除することができます。
この点については、司法実務においても、使用者側が労働者に対して別の業務を手配しなかった(又は手配したことを証明できなかった)ことを理由に労働契約の解除が違法とされた例が少なくありません。
なお、上海市の労働当局へのヒアリング結果によると、使用者が別の業務を手配する場合は、既存の業務から手配すればよく、新たな業務を新設して手配する必要まではないようです。
エ 備考
上海市では、解除事由①に基づき労働契約を解除する場合、勤務年数に応じた経済補償金のほか、労働者本人の6か月分の賃金収入を下回らない医療補助費を与える必要があります(上海市労働契約条例第44条)。
2 本件
Aについて解除事由①の各要件の該当性を検討してみると、まず、Aの病気休暇は「週末に山登りをしていたところ滑落してしまい、両足ともに骨折」したことを理由とするものですので、「労働者の私傷病による休暇」に該当します。
他方で、Aは、「新卒でX社に入社、現在2年目」とのことであり、X社に満1年勤務していることになりますので、上海市の規定に基づけば、Aの医療期間は4か月となります。Aは、現在3か月しか病気休暇を取得していないようですので、「医療期間の満了」との要件は満たさないことになります。このため、X社はあと1か月、Aに病気休暇を取得させる必要があります。
また、「労働者が元の業務及び別に手配した業務のいずれにも従事できないこと」との要件を満たす必要があります。このため、X社が、Aにあと1か月の病気休暇を取得させた場合であっても、合計4か月の病気休暇が経過した時点において、Aが元の業務である「営業職」及びX社が手配する別の業務のいずれにも従事できないときに初めて、X社はAとの労働契約を解除することができます。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第725号)に寄稿した記事です。