第16回 使用者からの労働契約の解除(9)~予告解除(業務不適任である従業員)~

Q:上海市所在の独資企業X社の総経理は、財務部に所属する従業員Aについて、初歩的な計算ミスや記入漏れ、また上司の財務上の指示を適切に理解できないことが多々見受けられるため、財務部に不適任と考えています。X社としては、業務不適任を理由に、すぐにでもAとの労働契約を解除したいのですが、可能でしょうか?なお、X社は、従業員数が少ないことから、社内に考課制度がなく、総経理が従業員の評価を行っています。

A:X社は、現時点では業務不適任を理由にAとの労働契約を解除することはできません。X社が業務不適任を理由に労働契約を解除するためには、Aに対して研修又は勤務部署の調整を行い、それでも依然としてAが業務不適任である必要があります。なお、業務不適任との評価に客観性を持たせるため、X社では早急に客観的な考課制度を確立すべきです。

解説

1 予告解除事由(業務不適任である従業員)
(1)使用者からの労働契約の予告解除

 労働契約法(以下「本法」といいます)第40条では、30日前までの労働者本人への書面形式による通知又は労働者への1か月分の賃金の支払いを行った上で、使用者から労働契約を一方的に解除する場合、すなわち、労働契約の予告解除について、以下の解除事由を定めています。

①労働者が病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間の満了後も元の業務に従事できず、使用者が別に手配した業務にも従事することができない場合
労働者が業務に不適任であり、研修又は勤務部署の調整を経ても依然として業務に不適任である場合
③労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じ、労働契約の履行が不可能になり、使用者と労働者との間で協議を経ても労働契約内容の変更について合意に達することができない場合

 本件でX社が検討している労働契約の解除は、上記のうち②(以下「解除事由②」といいます)に該当することを理由にしたものです。

(2)解除事由②に基づく予告解除
 解除事由②では以下の各要件を規定しています。

 ア 労働者が業務に不適任であること
 イ 研修又は勤務部署の調整を経たこと
 ウ イを経ても依然として業務に不適任であること

ア 労働者が業務に不適任であること
(ア)「業務に不適任」の解釈について
まず、解除事由②では、「労働者が業務に不適任」であることが要件の一つとされています。

この点については、「『労働法』の若干の条文についての説明」(以下「労働法条文説明」)第26条第3項が、「業務に不適任」とは、要求に従い労働契約に約定した任務又は同職種、同職位にある他の労働者の業務量完成できないことをいうと規定しています(なお、使用者は故意に業務量の基準を高め、労働者に完成させないようにしてはならないことが併せて規定されています)。
 当該規定のうち、特に後者の点(同職種、同職位にある他の労働者の業務量を完成できない)は、営業職など比較的容易に労働者間の業務結果を測ることができる職種であれば、参考に値すると考えられます。
 しかし、当該規定によっても、多くの職種においては、やはり労働者が業務に不適任であることを明確に判断することは難しく、結局のところ、案件ごとに労働者が業務に不適任であるか否かを判断せざるを得ないことになります。

(イ)実務上のポイントについて
 上記のとおりであることから、仮に労働者との間で紛争になったとしても、客観的に見て、「労働者が業務に不適任」であることを証明できる状況下において初めて解除事由②を理由とした解除を行うべきであると考えます。

そのための実務上のポイントは以下のとおりです。

 ①客観的な考課制度の確立
→客観的な考課基準を用いた考課制度を確立する必要があります。評価基準に偏りがなく合理性な内容を持つ考課制度であれば、評価者の主観的な判断をある程度排除できることから、業務に不適任か否かの基準として認められる可能性が高くなります。逆に評価の前提となる考課制度がない場合、「労働者が業務に不適任」であることの証明は非常に困難になります[3]

 ②客観的な評価の実施
→客観的な評価の実施が必要です。評価時の評価プロセスについて予め定めておき、当該評価プロセスに沿って評価することも効果的といえます。

 ③証拠の確保
→使用者側にて労働契約解除の挙証責任を負担することになるため、上記①や②についての証拠を確保しておく必要もあります。証拠としては、考課制度自体、考課制度の他の労働者への適用例、考課結果通知書、及び労働者作成の考課結果受領書等が考えられます。なお、証拠が不十分であることを理由に解除が認められないことは少なくありません。

イ 研修又は勤務部署の調整を経たこと
 次に、「研修又は勤務部署の調整を経て」いることが要件とされています。

 ここで注意すべきことは、当該要件に該当するのは、その理由が、労働者が業務に不適任であることでなければならないことです。例えば、会社の業務の必要のために勤務部署の調整をしたとしても、本要件には該当しません。
 このため、解除事由②を理由に労働者との労働契約解除を検討する際には、それに先立つ「研修又は勤務部署の調整」が業務不適任を理由としたものであることを明確にした書面を労働者に交付し、またその受領書を労働者に作成、提出してもらうべきです。

ウ イを経ても依然として業務に不適任であること
 最後に、解除事由②は、イを経ても「依然として業務に不適任」であることを要件として挙げています。業務に不適任であるか否かについては、アと同様のことがいえます。

2 本件
まず、X社が注意を要するのは、X社では考課制度は設けておらず、総経理一人が従業員の評価を行っている点です。確かにAについて、初歩的な計算ミス等があることは、財務部の業務に不適任であると考えることもできます。しかし、客観的な考課制度がなければ、業務不適任との評価が、評価者(X社では総経理)の主観的、恣意的な判断によってなされたとAに主張させる余地を与えてしまいます。このため、X社としては、業務不適任との評価に客観性を持たせるため、まずは早急に客観的な考課制度の確立をすべきであるといえます。

 次に、仮にAが業務不適任に該当するとしても、X社は、現時点では業務不適任を理由にAとの労働契約を解除することはできません。X社が業務不適任を理由に労働契約を解除するためには、Aに対して研修又は勤務部署の調整を行い、それでも依然としてAが業務不適任である必要があります。 


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第730号)に寄稿した記事です。