第18回 使用者からの労働契約の解除(11)~労働契約の解除不可事由1~

Q:上海市所在の独資企業X社(従業員300人規模)は、生産型企業として、自社工場で製品を製造し販売してきました。しかし、昨年から業績が急激に悪化しているため、一部生産ラインの廃止、及びこれに伴う整理解雇を実施予定です。
整理解雇を実施予定である旨を廃止する生産ラインの従業員に伝えたところ、当該生産ラインでプレス機(当該プレス機は90dB程度の騒音を発していました)を日々操作していた従業員Aから、「プレス機による騒音で耳が聞こえにくくなった。整理解雇の実施前に健康診断を受けたい」旨の申し出がありました。
X社としては、整理解雇の速やかな実施を最優先にしたいので、法律上、従業員の健康診断が必須でなければ、健康診断を行わずに整理解雇を実施したいと考えています。また、整理解雇にあたり健康診断が必須であれば、Aについては合意による労働契約の解除も考えています。
X社は、整理解雇に先立って、Aに健康診断を受けさせる必要があるでしょうか?また、労働契約を合意解除すれば、健康診断を不要とできるでしょうか?

A:X社は、整理解雇に先立って、Aに職業健康診断を受けさせる必要があります。また、Aとの間で労働契約の合意解除を行う場合も、Aが離職前職業健康診断を受ける権利を放棄しているとの事情がない限り、解除に先立ってAに職業健康診断を受けさせる必要があると考えます。

解説

1 労働契約の解除不可事由について

(1)各解除不可事由
労働契約法(以下「本法」といいます)第42条は、使用者からの労働契約の解除のうち、即時解除(本法第39条)を除く、予告解除(本法第40条)及び整理解雇(本法第41条)に関し、たとえ労働者に法定の労働契約解除事由が存在したとしても、以下のいずれかの事由が存在する場合には労働契約を解除してはならないと規定しています。

①職業病の危害に触れる業務に従事した労働者に離職前職業健康診断を行わず、又は職業病が疑われる病人で診断中もしくは医学観察期間にある場合
②当該使用者において職業病を患い、又は労働災害により負傷し、かつ労働能力の喪失もしくは一部喪失が確認された場合
③病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間内にある場合
④女性従業員が妊娠、出産、授乳期間にある場合
➄当該使用者の下において勤続満15年以上で、かつ法定の定年退職年齢まで残り5年未満である場合
⑥法律、行政法規に規定するその他の場合

 本件では、Aについて、上記①の「職業病の危害に触れる業務に従事した労働者に離職前職業健康診断を行わず」(以下「解除不可事由①」といいます)に該当するかが問題となりますので、当該事由について説明致します。
 なお、「職業病予防治療法」(以下「予防法」といいます)第35条第2項も、「使用者は、離職前職業健康診断を受けさせなければ、その労働者と締結した労働契約を解除し、又は終了してはならない」と規定しています。

(2)各文言についての法令の定め
解除不可事由①の各文言に関する法令上の定めをご紹介します。

ア 「職業病」
 「職業病」については、「企業、公的機関及び個人経済組織等の使用者の労働者が、就労活動中粉塵、放射性物質及びその他の有毒・有害な要因に接触することにより引き起こされる疾病」と定義されています(予防法第2条第2項、「職業健康監護技術規範」[3]3.3)。

また、具体的にいずれの疾病が「職業病」に該当するかについては、予防法において、国務院の衛生行政部門が国務院の安全生産監督管理部門、労働保障行政部門とともに「職業病の分類及び目録」を制定する旨が規定されており(予防法第2条第3項)、当該条項に基づき、「職業病の分類及び目録」が公表されています。

イ 「危害」
 「危害」については、「職業健康監護技術規範」4.4.1が、「職業病の危害要因とは、就労活動中に生じる及び(又は)存在する、就労者層の健康、安全及び作業能力に悪影響を及ぼすおそれのある要因又は条件(化学、物理、生物等にかかわる要因を含む)をいう」旨を規定しています。
 また、「職業病の危害要因」についても、「職業病の危害要因分類目録」が公表されており、当該目録において、粉塵、化学物質、放射性物質等の具体的な危害要因が挙げられています。

ウ 「職業健康診断」
 「職業健康診断」については、「職業健康診断管理弁法」第2条が、「医療衛生機関が国の関連規定に従って、職業病の危害のある作業に従事する労働者に対して行う就業前、就業期間中、離職時の健康診断をいう」と定義しており、同弁法第9条は、労働者が接触する職業病の危害要因に応じて、6種類(①粉塵に接触するもの、②化学的要因に接触するもの、③物理的要因に接触するもの、④生物的要因に接触するもの、⑤放射線の要因に接触するもの、及び⑥その他のもの(特殊作業等))に分類しています。

また、「職業健康診断管理弁法」第13条は、「職業健康診断の項目、周期は、『職業健康監護技術規範』(GBZ188)に従って執行し、放射線業務人員の職業健康診断は、『放射線業務人員の職業健康監護技術規範』(GBZ235)等に従って執行する」旨を規定しており、職業健康診断の危害要因ごとの具体的な診断項目、診断周期が、上記「職業健康監護技術規範」5~9、上記「放射線業務人員の職業健康監護技術規範」付録Aに明記されています。

(3)中国の裁判例
 解除不可事由①が存在する労働者について、使用者が予告解除又は整理解雇を行った場合、当然ながら本法第42条に反する違法な労働契約の解除となります。これと同趣旨を判示した裁判例は少なくありません。
 また、本法第42条が規定していない合意解除(本法第36条)についても、職業病の危害がある作業に従事したにもかかわらず離職前職業健康診断を行っていない労働者との間では行うことはできない旨を判示した上海市中級人民法院の裁判例[9]があります。当該裁判例では、予防法第36条を根拠に、「職業病の危害のある作業に従事する労働者に対し離職前職業健康診断を受けさせることは雇用主の法定の義務であり、当該義務は、労働者と雇用主が労働契約の解除について協議の上で合意していることを理由として当然に免除されるものではない」とした上で、当該事案における労働者が、離職前職業健康診断を受ける権利に対する主張を放棄していないことから、使用者は職業病の危害がある作業に従事した労働者のために離職前職業健康診断を行わなければならず、労働者の職業病の鑑定結果が出るまで、双方の労働関係は、当然に解除できないとしています。

2 本件
 本件では、まずAが、解除不可事由①のうちの「職業病の危害に触れる業務に従事した」といえるかが問題となります。
 この点に関しては、「職業病の分類及び目録」には「騒音性難聴」(同目録四1)が、「職業病の危害要因分類目録」には「騒音」(同目録三1)が挙げられています。また、「職業健康監護技術規範」(GBZ188)にも、「騒音」についての職業健康診断の具体的な内容が規定されており(同規範7.1)、騒音レベルが80dB以上85dB未満であれば2年に1回、85dB以上であれば1年に1回の周期で職業健康診断が必要とされています。
Aは、1年に1回の周期での職業健康診断が必要である85dBを超える90dB程度の騒音を発するプレス機を日々操作していますので、「職業病の危害に触れる業務に従事した」といえると考えます。

 次に、上記1(3)に挙げた中国の裁判例に基づけば、職業健康診断の実施は、AとX社が労働契約の解除について合意していたとしても当然に免除されるものではなく、Aにおいて離職前職業健康診断を受ける権利を放棄していない限り、X社はAのために離職前職業健康診断を行わなければならず、その鑑定結果が出るまで、X社は労働契約を解除できません。
 以上のことから、X社は、整理解雇に先立って、Aに対して職業健康診断を行う必要があり、またAとの間で労働契約の合意解除を行う場合であっても、Aが離職前職業健康診断を受ける権利を放棄しているとの事情がない限り、解除に先立ってAに対して職業健康診断を行う必要があると考えます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第765号)に寄稿した記事です。