第17回 使用者からの労働契約の解除(10)~予告解除(客観的状況の変化)~

Q:上海市所在の独資企業X社は、経費削減を進めており、まずは賃料を抑えるため、これまでのオフィスビルから地下鉄の駅で2駅(2km程度)離れたオフィスビルへ移転することとしました。また、賃料だけでなく、人件費についても削減できればと考えております。    会社の移転に伴って従業員との労働契約を解除できるとの話を聞いたことがあるのですが、X社においても、会社の移転を理由に従業員との労働契約を解除することは可能でしょうか?

A:本事例において、単に会社を移転したという理由のみで従業員との労働契約を解除することはできないと考えられます。

解説

1 予告解除事由(客観的状況の変化)
(1)使用者からの労働契約の予告解除 
 労働契約法(以下「本法」といいます)第40条では、30日前までの労働者本人への書面形式による通知又は労働者への1か月分の賃金の支払いを行った上で、使用者から労働契約を一方的に解除する場合、すなわち、労働契約の予告解除について、以下の解除事由を定めています。

①労働者が病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間の満了後も元の業務に従事できず、使用者が別に手配した業務にも従事することができない場合
②労働者が業務に不適任であり、研修又は勤務部署の調整を経ても依然として業務に不適任である場合
労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じ、労働契約の履行が不可能になり、使用者と労働者との間で協議を経ても労働契約内容の変更について合意に達することができない場合

本件でX社が検討している労働契約の解除は、上記のうち③(以下「解除事由③」といいます)に該当することを理由にしたものです。

 

(2)解除事由③に基づく予告解除
 解除事由③では以下の各要件を規定しています。

 ア 労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じたこと
 イ 労働契約の履行が不可能になったこと
 ウ 労使間で協議を経ても労働契約内容の変更について合意に達することができないこと

ア 労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じたこと
解除事由③では、本要件の有無が最も重要であり、後述のとおり紛争も生じやすい点であるといえます。

(ア)法令法規上の解釈について
 本要件については、まず、「『労働法』の若干の条文についての説明」(以下「労働法条文説明」)第26条第4項が、「『客観的状況』とは、不可抗力が発生し、又は労働契約の全部又は一部の条項を履行できなくさせるその他の状況例えば企業の移転、吸収合併、企業資産の移転などが生じることをいい、本法第27条に掲げる客観的な状況は除くものをいう」と規定しています。

 次に、上海市には本要件に関する法規等はありませんが、北京市にて近時公布された「『労働紛争案件の審理における法律適用問題に関する解答』の通知」(以下「本件通知」といいます)において本要件に言及しており、参考に値します。

 本件通知第12条では、次のとおり規定しています。

「『労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じた』とは、労働契約締結後に、使用者も労働者も契約締結時には予見不可能であった変化が発生し、それによって双方が締結した労働契約の全部若しくは主要条項が履行不可能となること、又は履行を継続すればコストが過大になるなど明らかに公平を欠く状況が発生し、労働契約の目的が実現困難となることをいう」。

 また、本要件の一般的な該当例として以下のものが挙げられています。

 ①地震、火災、水害等の自然災害により形成される不可抗力
 ②法律、法規、政策の変化により、使用者の移転、資産の移転、又は生産停止、生産の転換、制度の転換(改正)等の重大な変化が発生したとき
 ③フランチャイズ経営の使用者の経営範囲等に変化が発生したとき

(イ)裁判例について
 解除事由③については、本要件の有無が労使間で最も紛争が生じやすい点であり、この点についての裁判例が多く存在します。

 例えば、本件通知の該当例①にも挙げられている不可抗力に関しては、会社が火災による生産停止後に労働者との労働契約を解除した事例において、火災による生産停止が本要件に該当することを前提に、当該解除の有効性を認めたと思われる裁判例があります。

 また、本件通知の該当例②にも挙げられている使用者の移転に関しては、会社が政府の産業構造の調整要求に応じて移転を行った後に労働者との労働契約を解除した事例において、会社の移転が客観的に見て労働者の勤務時間の延長、出退勤の不便等の影響をもたらしたことから、本要件に該当することを認め、会社による労働者との労働契約の解除を有効とした裁判例があります。

 これに対して、例えば、会社が中外合弁企業から外商独資企業に転換した事例では、会社は資産の再編を行った後も一部の生産プロジェクトを増加させ、生産経営領域を拡大し、他方で生産経営状況の悪化の根拠を提供できておらず、一方的に労働契約を解除できる法定事由に該当しないことなどを理由に労働契約の解除を無効とした裁判例があります。
 また、企業の移転の事例でも、新旧の所在地が実際には8キロメートル程度しか離れていない場合には、客観的に見て労働者の出退勤の時間的コスト及び経済コストの増加が限定的であることなどを理由に企業の移転が「重大な」という状況は該当しないとした裁判例があります。

 裁判例ではケースごとの判断がなされていますが、総じていえば、発生した状況がどの程度既存の労働契約で定める双方の義務の履行に影響を及ぼすか、またその影響により当初の労働契約の目的を継続できないほど公平を欠く状況が生じるか否かによって、本要件該当の有無を判断しているように思われます。

イ 労働契約の履行が不可能になったこと
 本要件について更に解釈を加える法令法規等はありません。
 また、裁判例を見てみると、本要件は、ア(労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じたこと)の要件とともに判断されている(アの要件を満たす場合には本要件も満たし、アの要件を満たさない場合には本要件も満たさない)ように思われます。

ウ 労使間で協議を経ても労働契約内容の変更について合意に達することができないこと
 本要件のとおり、仮にア(労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じたこと)の要件が存在する場合であっても、使用者は、労働契約内容の変更について労働者との協議を行わなければならず、労働契約内容の変更について合意に達することができないときに初めて解除事由③を理由に労働契約の解除ができることになります。
 なお、本要件について更に解釈を加える法令法規等はありません。

2 本件
 X社は、会社の移転を理由に従業員との労働契約の解除を検討していますが、解除事由③の要件として、まず「労働契約の締結時に拠り所とした客観的状況に重大な変化が生じたこと」が必要です。

 当該要件については、労働法条文説明第26条第4項や本件通知第12条において、「企業の移転」又は「使用者の移転」が該当事由の例示として挙げられています。しかし、本件通知第12条において言及されているとおり、ここでいう移転は、既存の労働契約の全部若しくは主要条項が履行不可能となる、又は履行を継続することにより当初の労働契約の目的を実現できないほど公平を欠く状況が生じるものである必要があり、単に移転しただけでは、「重大な変化」には該当しない可能性があります。

 本件では、X社は、これまでのオフィスビルから地下鉄の駅で2駅(2km程度)離れたオフィスビルへ移転したようです。しかし、この程度の物理的距離の変更では会社及び労働者のいずれにとっても既存の労働契約の履行が不可能となる又は履行を継続することにより当初の労働契約の目的を実現できないほど公平を欠く状況が生じるとは考えにくく、労働契約の解除に至るほどの重大な変化といえるものではないと考えられます。

 このため、少なくとも本件の事情の下では、X社は従業員との労働契約を解除することはできないと考えられます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第734号)に寄稿した記事です。