第31回 経済補償金(4)~支払事由4(支払いが不要な場合)~

Q:上海市所在の独資企業X社では、先月、自己都合退職をした従業員Aに対して、本来経済補償金を支払わなくてよいにもかかわらず、経済補償金を支払っていたことが判明しました(X社には法定のもの以外に経済補償金の支払事由を規定した就業規則等はありません)。
 他方で、X社は、Aの退職とほぼ同時期に労働契約の期間が満了した従業員Bについて、労働契約更新の打診をせずに労働契約を終了させ、また、Bに対しては経済補償金を支払っていなかったことが判明しました。
経済補償金の支払事由は、労働契約法に規定されているようですが、反対に、経済補償金の支払いが不要となる主な場合としては、どのようなものがあるでしょうか?またX社は、元従業員Aに対してどのように対処することになるでしょうか?

A:経済補償金の支払いが不要となる主な場合としては、次のものが挙げられます。

①労働者が先に労働契約の解除を申し出て、合意解除がなされた場合
労働者が労働契約法(以下「本法」といいます)第37条の規定に従い労働契約を解除した場合(自己都合退職)
③使用者が本法第39条(即時解除)の規定に従い労働契約を解除した場合
④使用者が労働契約に約定する条件を維持し、又は引き上げて労働契約を更新しようとしたものの、労働者が更新に同意しないために、期間を定めた労働契約が期間満了により終了した場合
労働者が定年退職年齢に達し、法に従い基本養老保険給付を受け始めたことにより労働契約が終了した場合
労働者が死亡し、又は人民法院から死亡を宣告され、もしくは失踪を宣告されたことにより労働契約が終了した場合

 本件の場合、X社は、Aに対しては不当利得を理由に、誤って支払った経済補償金相当の金銭の返還を請求することになり、Bに対しては経済補償金の支払遅延が発生しているため、速やかに経済補償金を支払うべきことになります。

解説

1 総論

これまで3回に亘り、本法第46条が規定する経済補償金の支払事由を取り上げました。本稿では、反対に、経済補償金の支払いが不要となる主な場合を、以下の各場面に分けてご紹介したいと思います。

(1) 労働契約が合意解除される場面
(2) 労働者側から労働契約が解除される場面
(3) 使用者側から労働契約が解除される場面
(4) 労働契約が期間満了により終了する場面
(5) その他

2 各論

(1) 労働契約が合意解除される場面
① 労働者が先に労働契約の解除を申し出て、合意解除がなされた場合

この点は、先月(5月)も言及しましたが、労働者が使用者に対し労働契約の解除を申し出たことにより合意解除された場合、経済補償金の支払いは不要です。もっとも、使用者と労働者のいずれが労働契約の解除を申し出たかについて後に争いが生じる可能性がありますので、労働者から労働契約の解除の申し出があった場合、使用者は、後の立証を可能にするため、書面で申し出を行わせ、かつ申し出を行った日付についても明確になるようにしておくべきです。

(2) 労働者側から労働契約が解除される場面
② 労働者が本法第37条の規定に従い労働契約を解除した場合(自己都合退職)

本法第37条では、労働者が30日前までに書面形式で通知することにより労働契約を解除できる旨が規定されています。これは、いわゆる自己都合退職に相当し、労働者が同条に基づき労働契約を解除するにあたってその理由は問われません。他方で、労働者自身による自己都合退職であるため使用者に経済補償金の支払義務は生じないものとされています。

本件のAについても、自己都合退職をしているため、本来であれば経済補償金を支払う必要はなかったことになります。なお、経済補償金を支払う必要がないにもかかわらず、支払ってしまった場合について、本法及び労働関連の法令には規定はありません。このため、X社としては、民法総則第122条に従って不当利得の返還請求をすべきことになります。

(3) 使用者側から労働契約が解除される場面
③ 使用者が本法第39条(即時解除)の規定に従い労働契約を解除した場合

本法では、労働者が「使用者の規則制度に著しく違反した場合」等、労働者に帰責事由が存在する場合、使用者から即時の労働契約の解除が可能である旨が規定されています。労働者に帰責事由が存在する場合の労働契約の解除であるため使用者に経済補償金の支払義務は生じないものとされています。

(4) 労働契約が期間満了により終了する場面
④ 使用者が労働契約に約定する条件を維持し、又は引き上げて労働契約を更新しようとしたものの、労働者が更新に同意しないために、期間を定めた労働契約が期間満了により終了した場合

この点は、先月(5月)も言及しましたが、期間の定めのある労働契約が期間満了で終了する場合について、本法の施行前までは経済補償金の支払事由とはされていなかった(労働法第28条参照)ものの、本法施行後は経済補償金の支払事由とされました(本法第46条第5号、第44条第1号)。但し、本法では、例外的に、使用者から従前と同一又はそれ以上の条件で労働契約の更新提案があったにもかかわらず、労働者が更新に同意せずに期間満了により労働契約が終了した場合には、経済補償金の支払いは不要とされました。もっとも、使用者が従前と同一又はそれ以上の条件で労働契約の更新をしようとしたとの事実、又は労働者が更新に同意しないとの事実の有無について、後に争いが生じることが十分に予想されるため、上記①と同様、これらの事実について後の立証を可能にするために、書面等の客観的な証拠を残しておくべきです。

本件でX社は、Bについて、労働契約更新の打診をせずに労働契約を終了させています。このため、「使用者が労働契約に約定する条件を維持し、又は引き上げて労働契約を更新しようとしたものの、労働者が更新に同意しないために、期間を定めた労働契約が期間満了により終了した場合」には該当せず、Ⅹ社はBに対して経済補償金を支払う義務を負います。なお、支払うべき経済補償金を支払っていない場合、本法第85条が適用されます。具体的には、労働行政部門が、期限を指定して経済補償金を支払うよう使用者に命じ、当該期限を超過しても支払わない場合には、未払金額の50%以上100%以下を基準とする賠償金を併せて労働者に支払うよう使用者に命じることとなります。

(5) その他
⑤ 労働者が定年退職年齢に達し、法に従い基本養老保険給付を受け始めたことにより労働契約が終了した場合

この点が中国の経済補償金が日本の退職金と大きく異なる点であると考えられます。つまり、日本の退職金が支払われる典型的な場面は、労働者が定年退職を迎えるときであると考えられますが、中国では、定年退職年齢に達し、法に従い基本養老保険給付を受け始めたことにより労働契約が終了した場合について、経済補償金の支払事由とはされていない点に留意が必要です。

⑥ 労働者が死亡し、又は人民法院から死亡を宣告され、もしくは失踪を宣告されたことにより労働契約が終了した場合

中国では、労働者が死亡したことにより労働契約が終了する場合も、経済補償金は支払われません。なお、日本では、労働者が死亡した場合、就業規則や退職金規程等に基づき死亡退職金が支払われるケースが少なくありません。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第813号)に寄稿した記事です。