第41回 会社の権利能力(担保契約の効力)

Q:日系企業X社は、中国の株式会社Y社との売買取引に基づく100万元の売掛債権を有しており、Y社の支払債務について、株式会社Z社との間で保証契約を書面によって締結しました。
その後、Y社が代金を支払わないため、X社がZ社に保証債務の履行を求めたところ、Z社の定款では、保証のような担保の提供について、株主総会の決議による承認を必要としているが、これがないため保証契約は無効であると回答されました。保証契約締結の際に、Z社の法定代表者より株主総会の議事録と定款を見せられ、株主総会の決議が定款通りに行われたことを確認したのですが、どうやら議事録は偽造されたものだったようです。
この場合、X社はZ社に対して100万元を請求できないのでしょうか。

A:保証契約締結時に、株主総会の議事録を調べたうえで決議が会社の定款の規定に適合していたことを証明できる場合には、X社が株主総会議事録の偽造について知っていたことをZ社が証明できない限り、X社はZ社に対して保証債務の履行として100万元を請求することができます。

解説

1 概説
前回までは、中国の会社の法人性法人格否認の法理について説明しましたが、今回は、会社が経済活動を行うために不可欠な権利能力という概念と会社による担保契約の効力を説明していきます。

2 権利能力
(1)意義 
 会社が保証債務を負うためには権利能力が必要です。
権利能力とは、法律に基づき権利を有し、義務を負担する資格をいいます。
会社は法人(中国会社法第3条第1項)ですが、法人も自然人と同様に権利能力を有します(中国民法総則第57条)。
法人の権利能力は法人の成立時に発生し、その終了時に消滅します(中国民法総則第59条)。法人の中でも会社のような営利法人の成立日は営業許可証の発行日です(中国民法総則第78条)ので、会社は営業許可証の発行日をもって成立し、その権利能力を有することになります。

(2)権利能力の制限
 会社の権利能力は、その法人としての性質や法律に基づく様々な制限を受けます。
例えば、日本法では、法人は定款等により定められた目的の範囲でのみ権利能力を有します(日本民法第34条)。
中国法においては会社の目的の範囲によって、会社の権利能力が制限されることはありませんが、法律に基づき制限を受けることはあります。例えば、清算手続中に清算と関係ない活動は制限され、その限度で会社の権利及び義務は制限されます。

3 担保提供の制限
(1)担保とは
 担保とは、第三者の信用又は債権者、第三者の特定の財産によって債務者の義務の履行を確保するための法律制度です。
 日本法では、民法において担保に関する規定を定めていますが、中国法では、担保法という独立の法律が定められており、担保の方式として保証、抵当、質権、留置権、手付金が規定されています(中国担保法第2条第2項)。
 保証とは、債務者が債務を履行しない場合に、保証人が約定に従い債務を履行する又は責任を負う旨を保証人が約定することをいいます(中国担保法第2条第2項)。日本法では、保証契約の締結は書面によって行われる必要があります(日本民法第446条第2項)が、中国法でも同様です(中国担保法第13条)。

(2)担保提供の手続 
 会社による担保提供は、経済活動を促進させるために重要ですが、債権が実現されない場合には会社の利益が減少し、株主や債権者の利益が害されてしまう危険性があります。
 そこで、中国の会社法では、会社による他人のための担保提供自体は制限していませんが、以下のように厳格な手続により行うことを要求しています。

中国会社法第16条

 会社がその他の企業に投資し、又は他人のために担保を提供する場合は、会社定款の規定に従い、董事会又は株主(総)会[5]が議決する。会社定款が投資又は担保の総額及び個別の投資又は担保の金額について限度額を定めている場合は、その所定の限度額を超えてはならない。

 会社が会社の株主又は実質的支配者のために担保を提供する場合は、株主(総)会の決議を経なければならない。

 前項に定める株主又は前項に定める実質的支配者の支配を受ける株主は、前項に定める事項に関する議決に参加してはならない。この議決は会議に出席するその他の株主の保有する議決権の過半数によって行う。

 このように、「担保の提供相手が株主又は実質的支配者」であるか否かによって、会社内で要求されている手続が異なります。実質的支配者とは、会社の株主ではないが、投資関係、合意又はその他の手段によって会社の行為を実質的に支配できるものをいいます(中国会社法第216条第3号)。

 担保の提供相手が会社の株主又は実質的支配者であるような場合には、議決機関と議決要件が法定されており(中国会社法第16条第2項、第3項)、そうでない場合には定款により定められます(中国会社法第16条第1項)。

(3)担保提供の定款規定 
 上記の通り、他人のための担保提供につき董事会又は株主(総)会いずれ機関の決議を経るかは会社自らが定款で定めることになっており、中国の会社法が定める董事会や株主(総)会の権限規定(会社法第37条、第46条、第99条)にも明記されていません。

そのため、実務上、中国のローカル企業の定款では、他人のための担保提供に関する議決機関や議決条件を明確に規定していないケースがよく見られます。しかしながら、他人のための担保提供は会社の財産上の利益に重大な影響を及ぼす事項であるため、日系企業としては、自社の定款上に他人のための担保提供に関する条件、例えば、以下の3点を規定すべきです。

担保の総額、限度額:一定期間の担保の総額や個別の担保の限度額
議決機関:董事会又は株主(総)会
 董事会の決議によることが可能な担保の総額や限度額を定め、それ以上の場合は株主(総)会での決議を必要とする定めも可能です。
議決方法:議決方法については中国の会社法で定めがなく、普通決議、特別決議、全員一致決議、特定株主の同意を必要とする方法等の定めが可能です。また、ある担保の総額、限度額内であれば普通決議、それ以上は特別決議を必要とする定めも可能です。

普通決議とは、会議に出席する株主の保有する議決権の過半数で採択する決議(中国会社法第103条第2項本文)をいいます。
特別決議とは、会議に出席する株主の保有する議決権の3分の2以上で採択する決議をいいます(中国会社法第103条第2条但書き)

4 決議がない場合
(1)決議なき担保契約の効力
 
上記の決議が行われていない場合には、その担保契約の効力はどのようになるのでしょうか。

中国の会社法にはこの点について記載がありませんが、最高人民法院が2019年11月08日に公布した《全国法院民商事審判業務会議に関する紀要(以下「会議紀要」といいます)》では「会社が他人のために提供する担保について」の規定を以下のように詳細に定めています。

中国会社法第16条は法定代表者の代表権を制限し、担保提供には董事会又は株主(総)会等の会社機関の決議による授権を要するとしており、授権を経ずに許可なく他人のために担保を提供する場合には、無権代表となり契約法第50条により処理されます。担保契約を締結する時、債権者が善意であった場合には担保契約は有効となり、そうでなければ担保契約は無効となります(会議紀要第17条)。

(2)善意の認定
 このように、担保契約の効力を区別する重要な基準は善意であるか否かです。
善意とは、法定代表者が権限を越えて担保契約を締結したことについて、債権者が知らず、知らないことについて必要な注意義務を果たしていることを意味します。(会議紀要第18条参照)。

この善意は、①上記の議決手続の内容と同様に、会社の株主又は実質的支配者のために担保を提供する場合(中国会社法第16条第2項、第3項)と②会社の株主又は実質的支配者以外の第三者のために担保を提供する場合(中国会社法第16条第1項)で、判断基準が異なりますので注意が必要です。

まず①の場合には、会社内の手続として株主(総)会の決議を経なければならないと明確に規定されているため、債権者は、その契約の締結時に株主総会決議の議事録等を調べ、議決手続が中国会社法第16条第2項、第3項に適合していたことを証明しなければなりません。
一方、②の場合、定款により規定された董事会決議又は株主(総)会の決議が必要ですが、中国会社法第16条第1項の規定に基づき定款により議決機関を定めていない場合、担保提供者は、議決機関を定めていないことを善意の相手方には対抗できません(中国民法総則第61条第3項)。

ここでいう「善意」に関しては、債権者は、担保提供の議決機関についての明確な定款を調べる必要はなく、債権者がその担保契約の締結時に董事会決議又は株主(総)会決議文書を提出してもらって決議内容を調べ、決議に同意する人数及び署名者が会社の定款の規定に適合していたことを証明しさえすれば、善意であると認定されます(ただし、債権者が定款に議決機関についての明確な規定があることを知っていたと担保提供者が証明できる場合は除きます、会議紀要第18条)。

【担保提供相手による比較】

担保提供相手

会社の株主又は実質的支配者

それ以外の他人

議決機関

株主(総)会(中国会社法第16条第2項)

定款が定める董事会又は株主(総)会(中国会社法第16条第1項)

議決要件

株主又は実質的支配者は議決に参加してはならない。この議決は会議に出席するその他の株主の保有する議決権の過半数によって行う(中国会社法第16条第3項)

規定はなく定款の定めによる。

注意義務

債権者がその担保契約の締結時に、株主(総)会決議の議事録等を調べ、決議の議決手続が中国会社法第16条第2項、第3項に適合していたことを証明しなければならない。

債権者がその担保契約の締結時に、董事会決議又は株主(総)会決議の議事録等を調べ、決議に同意する人数及び署名者がその会社の定款の規定に適合していたことを証明しさえすれば善意であると認定される(ただし、債権者が定款に決議機関について明確な規定があることを知っていたと担保提供者が証明できる場合は除く)。

この注意義務については厳しく要求されているわけではなく、議事録等の資料がそろっているか、議決要件に合致しているか、議事録に主宰者及び出席者の署名があるか(中国会社法第107条、第112条第2項)という一般な形式審査をするだけで足りるものとされています(会議紀要第18条)。

決議が法定代表者により偽造又は変造されたものであること、議決手続が違法であること、署名押印が不実であること、担保金額が法定限度額を超えること等の事由によって、債権者の善意は否定されません(しかし、担保提供者が証拠により債権者が偽造又は変造された決議であることを知っていることを証明した場合にはこの限りではありません(会議紀要第18条))。

(3)善意でなくても保護される例外状況
 たとえ債権者が担保を提供する会社の機関の決議がないことを知っていた場合又は知り得べき場合であっても、以下の状況が存在する場合には担保契約が有効になります(会議紀要第19条)。

①会社が他人のために担保を提供することを主として営業する担保会社又は銀行若しくは非銀行金融機構である場合
②会社が直接又は間接的なその支配会社の経営活動の展開のために債権者に担保を提供する場合
③会社と主債務者の間に相互担保等のビジネス協力関係がある場合
④担保契約が単独又は共同で会社の議決権の3分の2以上の議決権を有する株主の署名同意による場合

5 本件の検討
 
X社とZ社との担保契約が有効となるためには、X社が担保契約の締結時に、Z社の代表者に株主総会決議による授権がなかったことについて知らず、知らないことについて必要な注意義務を果たしていたことが必要です。
X社は、Z社の法定代表者から提出された株主総会の議事録と定款を確認しており、またZ社の定款では株主総会の承認決議が必要とされています。そのため、X社がZ社から提出された株主総会の議事録に記載された決議の決議人数等がその定款で定める議決の条件に適合することを証明できれば、X社は善意と評価され担保契約は有効となります。

 また、株主総会決議の議事録が偽造されていますが、X社が株主総会議事録の偽造について知っていたことをZ社が証明できない限り、X社の善意は否定されません。

よって、X社がZ社から提出された株主総会の議事録に記載された決議の決議人数等がその定款で定める議決の条件に適合することを証明できれば、X社が株主総会議事録の偽造について知っていたことをZ社が証明できない限り、X社はZ社に対して保証債務の履行として100万元を請求することができます。