第50回 忠実義務

Q:X社(有限責任会社)の董事であるYは、董事の在任期間中、X社の株主会の同意を得ずに、X社と同じ経営範囲であるA社(Yが100%株主及び法定代表者)を設立しました。そして、A社は、X社とも取引関係のあったB社との間で、X社の製品と同様の製品を供給する契約を締結してしまいました。
YはB社との交渉の過程で、X社のオフィスや従業員を勝手に利用していたようです。これだけではなく、供給契約から1か月後、Yは突然X社の董事を辞職し、10名あまりのX社の従業員もYと一緒に辞職し、A社に入社して働いています。
 X社はYに対して、どのような対応をすることができるでしょうか?

A: Yの行為はX社に対する忠実義務違反となる可能性が高く、X社はYに対し、商機の奪取によって得た収入及び商機の喪失による損害の賠償を請求する対応が考えられます。

解説

1 総論 
 董事、監事、高級管理職は、それぞれ会社の運営、監督、内部管理の役割を持つ重要な機関で、会社について大きな影響力を持っており、会社に対して忠実義務を負うものとされています。会社に対してどのような忠実義務を負うのかは、会社の経営をしていく上でとても重要であるため、今回は、忠実義務について説明していきます。

2 忠実義務の意義
 
董事、監事、高級管理職は、法律、行政法規又は会社定款を遵守し、会社に対して忠実義務及び勤勉義務を負います(中国会社法第147条第1項)。
 高級管理職とは、会社の総経理、副総経理、財務責任者、上場会社の董事会秘書、会社定款が定めるその他の者をいいます(中国会社法第216条第1項)。

3 忠実義務の違反行為
(1)規定
 中国会社法では、この忠実義務の違反行為について、具体的に定めた規定が2つ存在します。
 まず、董事、監事、高級管理職は、権限を利用して賄賂又はその他の不法な収入を得てはならず、会社の財産を横領してはなりません(中国会社法第147条第2項)。
 次に、董事、高級管理職は、以下の行為を行ってはなりません(中国会社法第148条第1項)。注意が必要なのはその主体で、上記の中国会社法第147条第2項と異なり、監事には適用されません。

①会社の資金を流用すること
②会社の資金を個人名義又はその他の個人の名義で口座を開設し預金すること
③会社定款の規定に違反し、株主会(又は株主総会)又は董事会の同意を得ずに、会社の資産を他人に貸し付け、又は会社の財産を他人のために担保として提供すること
④会社定款の規定に違反し、又は株主会(又は株主総会)の同意を得ずに、自社と契約を締結し、又は取引を行うこと
株主会(又は株主総会)の同意を得ずに、職務上の便宜を利用して自己のため、又は他人のために会社の商機を奪い、在任する会社と同種の業務を自営し、又は他人のために経営すること
⑥他人と会社との取引のコミッションを受け取り、自己のものとすること
⑦会社機密を無断で開示すること
⑧会社への忠実義務に反するその他の行為

(2)商機奪取、競業行為
 本件で問題となりうる忠実義務違反としては、商機奪取、競業行為の違反が考えられます。
董事、高級管理職は、株主会(又は株主総会)の同意を得ずに、職務上の便宜を利用して自己のため、又は他人のために会社の商機を奪い、在任する会社と同種の業務を自営し、又は他人のために経営することができません(中国会社法第148条第1項第5号)。
 まず、この規定は同意権者について注意が必要です。中国会社法第148条第1項第3号が定める会社資産の貸し付け、担保提供については、株主会(又は株主総会)のみならず董事会にも同意権がありますが、同法5号が定める商機奪取、競業行為については、董事会の同意を得るのみでは足りず、株主会(又は株主総会)の同意を得なければ、行うことができません。
 日本法では、董事に相当する取締役が競業取引を行う場合には、董事会に相当する取締役会(取締役会が無ければ株主総会)に事前に重要事実を開示して承認を得る必要がある(日本会社法第356条第1項第1号、第365条)と規定されているのとは異なります。
 次に、この会社の商機については、具体的にどのように判断するかは中国会社法において規定されていません。この点について、商機と会社における経営活動の関連性、第三者が会社にその商機を与える意図、会社が商機について有する期待利益があるか、拒絶や放棄があるか等の要素を勘案して判断すると判示した裁判例があります。

4 会社の帰属権
(1)意義
 董事、高級管理職が、禁止事項の規定に違反して取得した収入は会社の所有に帰属させなければならないと規定されています(中国会社法第148条第2項)。これは董事、高級管理職がその個人の利益又は他人の利益のために得た競業収入を会社に帰属させ、董事、高級管理職の競業取引を会社の取引とみなす規定で、帰属権といいます。

(2)趣旨
 競業行為の会社に与える損失は潜在的なことが多く、会社が実際に損失を証明することが難しいため、競業した者を懲戒するとともに、会社に生じうる損失を補填することを目的とした規定です。

(3)責任主体
 責任を負う主体は、董事と高級管理職に限定されており、従業員、株主、監事等は含みません。

(4)責任期間
 その責任が生じる期間については、董事又は高級管理職の任職期間にしか適用されず、董事、高級管理職に就任する前の行為や離職後の行為には適用されません。

(5)帰属権の対象
 帰属権を主張し得る対象は、董事、高級管理職が、中国会社法第148条第1項に規定する行為により得た収入に限られます。そのため、会社としては、①会社の董事、高級管理職が在任期間中、中国会社法第148条第1項に違反する行為をしたこと、②会社の董事、高級管理職がこのような行為によって収入を得たことの2つを立証しなければなりません。

5 会社の損害賠償請求権
 
董事、監事、高級管理者は、会社の職務を行う際に法律、行政法規又は定款の規定に違反した場合は、損害賠償責任を負わなければなりません(中国会社法第149条)。 
 そのため、会社は帰属権を行使した後、なおその他の損失がある場合には、この規定により、さらに損害賠償請求をすることが可能と考えられています。

6 本件の検討
 
本件においては、X社の董事であるYは、董事の任職期間中、X社の株主会の同意を得ずに、X社の取引先であるB社と、X社の製品と同様の製品を供給する契約を締結しており、そのうえ、B社との交渉の過程で、X社のオフィスや従業員等を利用しています。そのため、X社における会社の経営活動との関連性や期待利益が非常に高いと考えられます。商機があると言えるためには、X社の商機に現実的な可能性があり、かつ事実上又は法律上の障害がないことが必要です。
 例えば、B社がX社との取引を全くするつもりがない場合には、商機を奪ったと評価することは難しいと考えられます。しかし、B社はすでにX社と取引関係がある会社であることから商機の現実的な可能性があると考えられ、X社がB社と取引をすることができないような事情も特にありません。
 以上から、YによるA社とB社の契約は、X社の「商機を奪った」ものと評価することができると考えられます。
 この場合、X社はYに対して、A社とB社の契約により得た収入について請求をすることができ、また、収入のみでは損害が補填されない場合には、さらに損害賠償を請求することが可能です。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第885号)に寄稿した記事です。