第75回 中国における外国人労働者の就職に関する法律適用と権利保護―上海市高級人民法院公表事例を題材とした簡易分析―
一、事件の背景と争点
中国の対外開放が進むにつれ、涉外労働関係紛争が増加しており、中国で就職する外国人労働者に関する法律適用と権利保護について、上海市高級人民法院は公式サイトで、外国人労働者と中国企業間の典型的な労働契約紛争事例[1]を公開した。カナダ国籍の従業員Aは2010年9月よりB社に雇用されていた。2019年6月、AはB社が社会保険を法定通り納付していないことを理由に労働契約を解除し、経済補償金の支払いを求めた。
双方の争点の核心は、中国で合法的に就職する外国人労働者に、自動的に『中華人民共和国労働契約法』の経済補償金規定が適用されるか否かであった。
二、関連法令・司法解釈及び判決の分析
本件は労働仲裁、第一審、第二審を経て、法院は最終的にAの経済補償金請求を棄却した。以下は本件における法律適用と法院の判決整理である。
(一)法令規定
1、『外国人在中国就業管理規定』(2017年改正)第25条「雇用主と雇用された外国人間に労働紛争が生じた場合、『中華人民共和国労働法』及び『中華人民共和国労働紛争調停仲裁法』に基づき処理する」。この規定は外国人労働者紛争の処理手続を明確にしているが、実体権利が完全に同等か否かは明記していない。
2、『涉外民事関係法律適用法』第43条「労働契約は、労働者の就労地の法律を適用する。労働者の就労地が確定困難な場合、雇用主の主営業地の法律を適用する。労働者派遣は、派遣元の法律を適用できる」。本件においてAは中国国内で就労しており、中国法が準拠法として適用される。
3、『上海市高級人民法院の労働紛争事件の審理に関する若干の問題への解答』(滬高法民一(2006)17号)第2条「国内で就職する外国人に対する中国労働基準の適用問題について(一)最低賃金、労働時間、休息休暇、労働安全衛生、社会保険等の労働基準については、当事者が適用を求める場合、労働紛争処理機関は支持できる。(二)上記規定以外の労働権利義務について当事者間で約定または履行された内容は、書面の労働契約、個別協定、その他の合意形式及び実際の履行内容に基づき確定できる。(三)(一)(二)に列挙した根拠以外で労働基準や労働待遇の適用を求める場合、労働紛争処理機関は支持しない」。
(二)法院の判断における考え方の分析
1、第一審法院は「中国国内で就職する外国人に対して、最低賃金、労働時間、休息休暇、労働安全衛生等において中国労働基準を適用できる。上記規定以外の労働権利義務は、当事者間の書面労働契約、個別協定または実際の履行内容に基づき確定する」と判断。労働契約に社会保険未納付時の経済補償金規定が無いため、請求を支持しなかった。
2、第二審法院によってさらに明確にされたこと
(1)法律適用の限界:『外国人在中国就業管理規定』第25条は紛争処理手続を指し、同等の実体権利を自動的に認めるものではない
(2)権利の根拠:外国人労働者の権利は明確な法的規定が必要で、推定されない
(3)社会保険と労働権利:社会保険納付は他の労働権利を自動的に派生させない
三、本件の分析のポイント
(一)外国人労働者への中国労働法適用範囲
本件の核心的争点は、外国人労働者の権利が「全面適用」か「限定適用」かである。法院は「限定適用」の立場を採用。
1、強制適用事項:最低賃金、労働時間、休息休暇、労働安全衛生等の基本基準
2、約定優先事項:経済補償、福利待遇等その他の事項
この処理区分は「契約自由」の尊重を示し、外国人労働者管理の特殊性を反映している。
(二)社会保険納付の法的意義
Aは社会保険未納付が違法であり、『労働契約法』第38条に基づく契約解除権と経済補償を主張したが、法院は
- 『社会保険法』は外国人の加入を規定しているが、未納付時の法的結果を規定していない
- 労働契約に社会保険未納付の違約責任が定められていない
- 会社は商業保険で代替保障を提供していた
ことを重視し、「形式的合規性」より「実際の履行」を重視する姿勢を示した。
(三)手続権利と実体権利の区別
第二審法院は『外国人在中国就業管理規定』第25条はあくまで「紛争処理手続」を解決するものであり、実体権利を自動的に付与するものではないと強調。この区別は類似事件に重要な指導的意義を持つ。
四、事例の示唆と実務的提言
本件は上海地域の外資企業が外国人従業員を雇用する際の実務的参考となる。
- 労働契約条項の整備:適用法律、社会保険納付、解除条件及び補償基準を明確に約定
- コンプライアンス管理:強制加入でなくともリスク評価し、自発的加入または商業保険での代替を検討
- 福利制度設計:各種手当・精算基準と条件を明確化することによる紛争の防止
- 異文化管理:中国と外国の労働法の差異に注意し、説明・コミュニケーションを徹底
[1]https://www.hshfy.sh.cn/shfy/web/flws_view.jsp?pa=adGFoPaOoMjAyMKOpu6YwMcPx1tUxMjAzM7rFJndzeGg9MTU1NzM4MwPdcssPdcssz
以上
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。