第90回 会社の承認を得ずに残業した場合、残業代の支払いを拒否できるか?
労働紛争事案において、多くの企業が「従業員が残業承認プロセスを踏んでいない」ことを理由に残業代の支払いを拒否しますが、最終的には仲裁や訴訟で敗訴しているケールもあります。現在の実務において、企業の残業承認制度のコンプライアンス、条項の有効性及び証拠の保存状況は、残業代をめぐる紛争の結果に直接影響を与えるだけでなく、関連条項が紛争において手続が不適法であることにより無効と認定されれば、残業承認プロセスを含む規則制度全体が拘束力を失う可能性もあります。今回は、典型的な裁判例、現行の労働法規及び実務経験を踏まえ、残業代の認定における主要なリスクを分析し、コンプライアンスの境界を明確にすることで、企業が自社の残業管理プロセスを見直し、制度上の不備、証拠不足による法的リスクやコストの増加を回避できるよう検討していきたいと思います。
一、企業の残業承認制度が適法かつ有効と認定されるための基準
企業が残業承認制度を根拠として残業代の支払いを拒否し、従業員を処分又は解雇する場合、かかる行為が適法であるか否かは、まず根拠となる残業承認制度が適法かつ有効であるか否かについて審査を行う必要があります。実務上、企業が残業承認制度に関連する問題で敗訴している主な問題は、残業承認に関する規定が裁判所に認められないという状況に集中しています。
実際の運営において、多くの企業は従業員ハンドブックや勤怠管理制度において「承認を得ていない残業は残業とみなさず、残業代も支払わない」と明確に定めています。特に注意すべき点は、裁判所は通常、このような条項を直ちに無効と認定することはなく、このような条項の実際の履行状況、従業員の残業の事実などを踏まえ、法律の規定や公平の原則を考慮した上で、残業代の支払いを拒否する根拠として同条項を認めるか否かを決定するということです。例えば、2026年に北京第二中級人民法院が公表した労働紛争の事例では、従業員が業務グループチャットの通知、夜間の業務成果の提出記録、勤怠打刻記録を提出し、残業承認制度が当該部門では実際には運用されておらず、しかも残業の事実が会社の指示によるものであることを証明しました。承認プロセスを踏んでいなかったとしても、裁判所は法に基づき残業の事実が成立していると認め、企業に残業代の支払いを命じる判決を下しました。
仲裁の事例においては、従業員が会社の残業管理制度に従って残業申請書を提出したものの、会社が実際に承認手続を履行せず、従業員が残業を行ったというケース[1]もあります。仲裁委員会は、このような状況は会社が履行すべき行為を行わなかったという不作為に該当し、それは「使用者が指示した」残業であるという事実の認定には影響を与えないと判断し、最終的に会社に対し従業員への残業代支払いを命じる判断を下しました。
上記に示されるように、企業が「未承認であれば残業代を支払わない」という社内規定によって残業代の支払を回避した場合、その規定は必ずしも無効ではありませんが、裁判所に直ちに認められない可能性が高いでしょう。裁判所は、残業は企業が指示したものなのか否か、従業員は実際に労働を提供しているか否か、そのような運用は企業の実務において常態化しているか否かなどの主要な要素を踏まえて判断を下すことになります。
二、残業承認制度の効力の問題に対する地域別の規定
実務上、企業の残業承認制度は、制定当初に民主的な手続を経ていないなどの問題によって効力に影響を及ぼす可能性がありますが、一部の地域の司法実務においては、手続に瑕疵のある制度であっても認められる余地が残されています。例えば一部の地域では、残業承認制度の内容が適法かつ合理的である場合、必要とされるすべての民主的な手続を満たしていなくても、一部の民主的な手続(労働組合との協議、実質的な従業員からの意見聴取、従業員への公示と従業員による受領署名など)を経ていれば、有効と認定される可能性があると規定されています。
例えば、天津市の関連規定では、従業員代表大会又は全従業員による議論、労働組合との協議又は従業員代表との協議のいずれか一つの手続を経れば、民主的な協議・決定手続を履行したものとみなすことが明確にされています。深圳市、浙江省においても、公示・告知され、かつ従業員から異議が出されなかったコンプライアンス制度の効力を認めており、次のような内容を規定しています。すなわち、規則制度や重要事項の内容が法律、行政法規及び政策の規定に違反しておらず、明らかに不合理な状況が存在せず、かつ労働者に公示又は告知され、労働者から異議がない場合は、使用者の労務管理の根拠として用いることができるとしています。
司法実務においては、同種の事案であっても所在地域が異なること、事案の具体的な状況がそれぞれ異なること、さらに裁判官の自由裁量権が加わることによって、結果の不確実性が非常に高くなります。したがって、上記の手法はあくまで訴訟や仲裁が発生した後の救済手段として、関連証拠を収集し手続を進めるために用いるものであり、慎重に使用することをお勧めします。重要なのは、やはり事前に制度上の不備を是正し、未然に防ぐことを徹底することです。
三、アドバイス
- 企業は事前に社内の残業承認制度について全面的な精査を行い、民主的な手続、公示・告知などのプロセスを補完し、残業承認制度の適法性・有効性を確保すること。
- 日常の経営において、残業承認制度に厳格に従って残業の承認管理を行い、残業を指示するメール、チャット履歴及び勤怠記録などを適切に保存すること。
- 企業が「残業の承認プロセスを踏んでいない」ことを理由に残業代の支払いを拒否したり、これを根拠に従業員を処分することを決定したりする際は慎重になるべきであり、事前に根拠となる残業承認制度が適法かつ有効であるか否かを確認すること。
[1] 人的資源社会保障部、最高人民法院が共同で発表した法定の上限を超える時間外労働に関する労働・人事紛争典型事例-労働・人事紛争典型事例(第2弾)事例3
以上
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