第20回 契約違反に対する救済

皆さん、こんにちは。Poblacionです。今回は、フィリピンにおいて取引相手やサプライヤーに契約違反をされた場合、フィリピン法ではどのような救済を受けることが出来るのかをお話ししましょう。

そもそも契約書では、違反があった場合に認められる救済について規定しておく必要があります。では、もし何らかの理由で契約に救済の規定がなかった場合はどのようにしたらよいのでしょう。そのような場合でも、何も得られない、というわけではありません。フィリピン民法上では、違反があった場合に認められる救済の規定がない場合の解釈として、相互的に義務を負う当事者のうちの一方がその義務を遵守しなかった場合、損害を被った当事者は、特定履行又は契約の取消のいずれかを求めることができ、そのいずれにも損害賠償金の支払が伴います

特定履行

特定履行とは、「契約が締結された特定の形で、あるいは合意された条件通りに、契約を正確に履行することを要求する救済」と定義されています。

契約違反があった場合、損害を被った当事者は違反当事者に対し、契約の正確な条項の履行を要求することができます。義務が特定の物(例えば、ABC123のプレートナンバーがついた車)の引渡しから成り、違反当事者が要求を受けたにもかかわらず、これを懈怠した場合、損害を被った当事者は、違反当事者に引渡しを強制するよう裁判所に求めることができます。義務が一般的な物(例えば、米5袋)の引渡しからなる場合、損害を被った当事者は、「代替履行」を求めるか、違反当事者の費用負担で第三者に対して義務の履行を求めることができます。損害を被った当事者が負担した費用について、違反当事者が払戻しを拒絶した場合には、費用の回復を裁判所に訴えることができます。

なお、義務が何らかの行為(例えば、家のペンキ塗り)から成り、違反当事者がこれを懈怠した場合、損害を被った当事者は、違反当事者の費用負担で第三者に対して義務の履行を求めることができます。一方、義務が一定の行為を控えること(例えば、家に緑色のペンキを塗らないこと)から成り、違反当事者がその行為を実行した場合、違反当事者の費用負担で元に戻すこととなります。

契約の取消

別の方法として、損害を被った当事者は、契約取消を要求することができます。契約の取消は、特別救済手段ですので、契約を取消す権利は絶対的なものではなく、一定の条件を満たす必要があります。

第一に、契約取消は、重大な違反、又は契約締結時の両当事者の目的そのものが無になる場合にのみ認められます。軽微な違反や僅かな違反の場合、契約取消はできません。

かかる違反が軽微であるか、重大であるかは、その事件の状況によります。例えば、ある事件において最高裁判所は、購入価格の残額となりうる80万5千ペソ (注)という金額の違反当事者による支払不履行を、軽微な違反に過ぎないと判断しました。その決定にあたり裁判所が勘案したのは、以下の状況です。(a) 違反当事者が、購入価格全体の420万ペソのうち、約340万ペソを既に支払っていること、及び (b) 違反当事者が、債務の弁済に誠実であることの印として、75万1千ペソの支払を申し出たこと。これにより、裁判所は、契約取消の申立を却下し、単に購入価格の残額を支払うようにという命令を違反当事者に下しました。

第二に、原則として契約取消は裁判所の行為によってのみこれを行うことができます。なぜなら、裁判所のみが、違反当事者による違反が契約取消の正当な理由になる程重大かどうかを、断定的かつ最終的に判断できるからです。例外として、損害を被った当事者が、裁判所外で一方的に契約を取消すことができると契約自体に既定されている場合には、そのような取消も認められます。ただし、その場合損害を被った当事者は、自らリスクを負う形で事を進めることになります。なぜなら、違反当事者はいつでも裁判所に訴え、取消の有効性に異議を唱えることができるからです。

第三に、契約取消の場合には、相互の回復が必要です。当事者双方が、受け取ったものを引渡し、現実的に可能な範囲で互いの原状を回復することが要求されます。

損害賠償金

損害を被った当事者は、特定履行又は契約取消に加え、損害賠償金の支払を請求することができます。フィリピン民法には様々な種類の損害賠償金がありますが、契約違反が関連する訴訟において、裁判所が損害を被った当事者に認める損害賠償金として一般的なものは以下の通りです。

・現実的又は補償的損害賠償金は、損害を被った当事者が違反当事者の不法行為により受けた損失又は損害に対する補償として、認められるものです。現実的又は補償的損害賠償金は、以下の2つの要素から構成されます。

(a) 実際に被った損失を補償するための損害賠償金
(b) 未実現の利得

正当な理由がある場合、裁判所は認めた損害賠償金に対する利子も課すことができます。
損害を被った当事者が、損害を回復するためには、被った損害額の合理的確実性を示して立証する必要があります。裁判所が、損害の事実及び金額について推測又は推量に依拠することはできません。損害を被った当事者が損害額を証明できない場合に、損害を被った当事者が違反当事者による不法行為の結果として実際に損害を被ったと裁判所が認めたときには、裁判所により、適切な損害賠償金が認められます。適切だとされる損害賠償金の金額は通常、実質的/補償的損害賠償額の金額より低くなります。

・約定損害賠償金とは、契約違反があった場合に支払われることを両当事者が合意した損害賠償金です。約定損害賠償金の金額は、裁判所によって不公正又は不当と判断された場合には、減額されることがあります。

・精神的損害賠償金とは、損害を被った当事者が違反当事者の不法行為の結果として受けた身体的苦痛、精神的苦痛、名誉毀損、侮辱及び同様の被害に対して賠償するためのものです。契約違反において、違反当事者に不誠実な行為があった場合、精神的損害賠償金が認められる場合があります。原則として、精神的損害賠償金が認められるのは個人に対してのみです。身体的苦痛、精神的苦痛、及び同様の感情を受けることがあるのは、自然人だけだからです。しかしながら、昨今の裁判所は、法人が違反当事者の不法行為により名誉を毀損されたことを立証できれば、法人にも精神的損害賠償金を認めています。

・懲罰的損害賠償金とは、補償的損害賠償金、約定損害賠償金又は精神的損害賠償金に加えて、公益のための見せしめ又は矯正として課されるものです。契約違反において、違反当事者が未必で故意的な、詐欺的な、強圧的な、認識のある、あるいは悪意のある方法で行った場合、懲罰的損害賠償金が認められる場合があります。

ここで1つ注意すべき点があります。特定履行、契約取消及び損害賠償金は、契約違反があった場合に損害を被った当事者に認められる一般的救済に過ぎません。関連する契約又は取引の性質によって、様々な法律に規定されている特定の救済が他にもあります。さらに、損害を被った当事者に認められる救済は、契約の規定によるところが大きいのが現状です。従って、違反当事者に対する訴訟を提起する際には、契約の条件を精査し、弁護士などの専門家に相談することがとても重要です。

注: 概算での金額


*本記事は、フィリピン法務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。フィリピン法務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。