第22回 期限付き雇用契約の有効性
皆さん、こんにちは。Poblacionです。
今回は期限付き雇用契約についてお話ししましょう。
期限付き雇用契約、すなわち期間が限定されている雇用契約、はフィリピンで一般的に用いられているものです。期限付き雇用契約により、労働者を一時的に雇用することができる一方で、その業務の必要性がなくなった時に労働者を雇用し続ける義務を負うことがない、という利便性が雇用者にもたらされます。
フィリピン労働法には、期限付き雇用契約に関する明文規定はありません。しかしながら、フィリピンの最高裁判所では、下記条件が満たされている場合に限り、期限付き雇用契約の有効性が認められています。
- 当該契約が両当事者が承知の上で任意に合意されたものであり、従業員に対して勢力、強迫又は不適切な圧力が一切加えられていないこと
- 雇用者と従業員が、ほぼ対等の条件で互いに取引していること
- 期限付き雇用契約が、職の確保という従業員の権利を迂回する目的で締結されたものではないこと
期限付き雇用契約の期間の上限又は下限について、法律には一切規定がなく、契約の期間は、従業員が行う作業の内容に応じて、当事者間で自由に決めることができます。実際、5ヶ月という短期の期限付き雇用契約が最高裁判所によって有効と宣言された例もあれば(Pangilinan v. General Milling Corporation, G.R. No. 149329、2004年7月12日判決)、5年間という長期の期限付き雇用契約が有効と宣言された例もあります(Brent School v. Zamora, G.R. No. L-48494、1990年2月5日判決)。
なお、期限付き雇用契約の従業員であっても、その限定された雇用期間中は、職の確保という権利がありますので、ご留意ください。例えば、ある従業員の雇用契約が6ヶ月間有効である場合、雇用者は、その契約の3ヶ月目又は4ヶ月目に何ら理由もなく当該従業員を解雇することはできません。雇用者が期間満了前に従業員を有効に解雇するには、労働法に基づく義務を遵守することが必要になります(第2回のコラムでこの話題を取り上げております)。一方、期限付き雇用契約の期間が満了すると、期限付き雇用契約の従業員の雇用は自動的に終了します。
では、期限付き雇用契約の更新はできるのでしょうか。これは少々厄介な問題です。厳密に言えば、期限付き雇用契約の従業員の立場を正規雇用の従業員に変更せず、期限付き雇用契約の契約更新することは可能です。しかし、期限付き雇用契約の更新にあたっては、雇用者は細心の注意を払う必要があります。できることなら、そのような更新は避けたほうがよいでしょう。なぜなら、最高裁判所まで争われた様々な事件によると、期限付き雇用契約を継続的に更新することは、従業員の正規雇用を迂回するために期限付き雇用契約を悪用している一つの証拠となり得るからです。
正規雇用した従業員の解雇は大変難しいことから、期限付き雇用契約は悪用されやすく、期限付き雇用契約及び期間満了時の契約更新を受け入れるよう従業員に強制した雇用者も数多く存在していました。こうすることにより、雇用者は、労働法の厳格な解雇義務を遵守することなく、単に契約の期間満了を待つことにより従業員を容易に解雇することができます。
悪質な雇用者が、職の確保という従業員の権利を迂回するために、期限付き雇用契約を締結し、これを悪用したとして、多くの期限付き雇用契約が最高裁判所により無効とされました。裁判所は、このような雇用者に対して、期限付き雇用契約の従業員に正規雇用の従業員の地位を与えるようにという命令を下しましています。無効とされた期限付き雇用契約を締結したことにより、最高裁判所から雇用者に罰則が与えられた事例を、以下にいくつか記載いたします。
- Purefoods Corporation対 National Labor Relations Commission事件(G.R. No. 122653、1997年12月12日判決)では、フィリピンの大手食品製造会社に対し、906名の労働者が不当解雇訴訟を提起しました。訴状によれば、従業員を5ヶ月契約で雇用し、その期間満了後、別の労働者を同じく5ヶ月契約で雇用し入れ替えを行う、というのがその会社の慣行でした。裁判所は、その会社の手法は明らかに、正規雇用の従業員に対して与えられる金銭的手当が期限付き雇用契約の従業員に生じることを避けるために会社が仕組んだものである、との判断を下しました。これに基づき裁判所は、期限付き雇用契約を停止させ、原告らを正規雇用の従業員とする決定を下しました。906名の労働者全員に、過去3年以上の賃金分が認められた上に、復職に代えて退職金が認められました(会社が既に工場を閉鎖しており、復職が不可能であったため)。
- Dumpit-Murillo対Court of Appeals事件(G.R. No. 164652、2007年6月8日)では、雇用者が、従業員の3ヶ月契約を4年間に渡り繰り返し延長していました。従業員は、契約期間満了の度に、雇用者から強いられる更新条件の受入れを余儀なくされていました。そうしなければ、雇用が更新されなかったからです。最終的に従業員が契約条件について交渉したいと意思表明をしたところ、雇用者は期限付き雇用契約の更新を拒絶しました。これに対して裁判所は、当事者間に有効な期限付き雇用契約は存在しなかったと判断しました。従業員の3ヶ月契約を繰り返し延長するという慣行は、職の確保という従業員の権利を迂回するものである、というのが理由でした。裁判所は、従業員を正規雇用の従業員とする判断を下しました。結果として、従業員の復職と、過去の賃金分としての約3百万ペソ、有休休暇手当、精神的及び懲罰的損害賠償金として85万ペソ及び弁護士費用(認められた金額の合計の10%)の支払が雇用者に命じられました。
上記のことから、雇用者が期限付き従業員を正規雇用の従業員として雇用する場合には、注意を払うことが非常に重要です。期限付きの雇用を開始する時点で、従業員が、一時的従業員として雇用されていること、そして一定期間に限定された雇用であることを確実に理解していることを雇用者は認識しておく必要があります。さらに重要なこととして、期限付き雇用契約の従業員の雇用は誠実に行われるべきであって、職の確保という従業員の権利を迂回するという不当な動機に基づくものであってはなりません。例えば、従業員が必要な作業に取り組むことになっており、その業務の必要性が継続的なものである場合、当該従業員は、期限付き従業員としてではなく、正規雇用の従業員として雇用されなければなりません。
*本記事は、フィリピン法務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。フィリピン法務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。