国民裁判員による台湾初の判決

台湾の国民裁判員制度は2023年1月1日から正式に施行されました。満23歳以上で地方裁判所の管轄区域内に4か月以上連続して居住する中華民国国民から、無作為抽選の結果、国民裁判員6名および予備の裁判官4名が選出され、3名のプロの裁判官と合議廷を構成し、主刑が最も軽くても10年以上の有期懲役となる重罪事件を共同で審理します。本制度の主な目的は、様々なバックグラウンドを持つ国民を裁判に参加させることにより、司法制度に対する一般の人々の参加度や信頼度を高めることにあります。

そして、国民裁判員が参加した裁判の台湾司法史上初めての刑事判決が2023年7月21日に出ました。

本件の概要は次のとおりです。被告人は63歳の女性で、72歳の夫からの長期にわたる家庭内暴力に耐えきれず、2022年11月、夫が酒を飲んで熟睡している間に夫を殺害しました。

新北地方裁判所は2023年7月18日から本件の審理を開始しました。裁判に参加した者にはプロの裁判官3名、国民裁判員6名および予備の裁判員4名が含まれていました。3日連続で審理が行われ、裁判長が7月21日に、被告人は殺人既遂罪に該当すると認定し、7年2か月の有期懲役に処するとの判決を言い渡しました。

本件の審理の際、国民裁判員が被告人に「夫の命を終わらせたことを後悔するでしょうか?」と質問したところ、被告人は「その時は興奮していて夫の命を終わらせたいと思いましたが、時が戻るならば、夫のことを我慢し続けていたはずです。しょせん夫はかなり年を取っていましたから」と述べました。また、被告人の娘は証人の身分で出頭し、「私にはもう父親がおらず、母親を失うことはできません。殺人は法律の制裁を受けなければなりませんが、刑の重さを軽くし、残りの人生を自分を大切にしながら存分に生きていくチャンスを母に与えていただくよう裁判官に懇請します」と述べました。

最終的に、国民裁判員の内部投票の結果、被告人は7年2か月の有期懲役に処されました。一般的に、この刑の重さはプロの裁判官が判決したこれまでの刑の重さとほとんど同じであると考えられます。

本件においては、犯罪の証拠が十分で、被告も自己の殺人行為を認めたため、審理過程は円滑でした。もっとも、実務では、証拠が不十分で、被告も罪を認めないという刑事事件が多く、この場合、プロの裁判官と国民裁判員との間で互いの見解をどのようにすり合わせていくかということにおいて、難しい問題に直面するかもしれません。


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【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修