第324回 不安の抗弁権

ひとたび契約が成立すると、契約当事者は、原則として、その内容通りに義務を履行しなければ、債務不履行などの責任を負うことになります。しかし、例えば、代金後払いとされた売買契約において、買い主の経済状況が悪化しているような場合、売り主としては、売買代金を回収できない可能性が高いので、契約通りに先に目的物を引き渡すことは避けたいと考えるのが通常です。このような状況下で売り主が主張し得る抗弁として、「不安の抗弁」というものがあります。

不安の抗弁権とは、契約当事者の一方が先履行を約束した双務契約において、相手方の財産状態が悪化しその反対給付が受けられない可能性がある場合に、先履行義務者が、相手方の反対給付ないしは担保供与があるまで、先履行をしない権利のことをいいます。そして、不安の抗弁が認められると、先履行義務者は、契約に定められた期限までに給付をしなかったとしても、履行遅滞責任を負わないことになります。

民法に明文規定

日本法では不安の抗弁権が認められた裁判例があるものの、明文化はされていません。しかし台湾では、民法第265条において、「当事者の一方が、他方に対し、先に給付しなければならない場合、他方の財産が契約締結後に明らかに減少し、反対給付が困難になる恐れがある場合、他方が反対給付をするか、または担保を提供するまで、自己の給付を拒絶することができる」と明記されています。

もっとも、契約締結時点で既に相手方の経済状況が良くなかった場合について、最高法院66年度台上字第2889号判決では、「民法265条に定められた不安の抗弁権は、他方の財産が契約締結後に明らかに減少し、それにより反対給付が困難になる恐れがあることが要件である。契約締結時に既に他方の財産では反対給付が困難な場合、契約締結時にその事情を知らなかったとしても当該条項の抗弁権を援用することができない」と判断されています。そのため、取引前には十分に相手方の信用調査をすることが重要だといえます。

なお、契約の相手方が契約締結時点で自己の経済状況を偽っていたような場合、上記不安の抗弁権を主張することはできないものの、場合によっては、詐欺による取り消し(民法第92条第1項)や錯誤による取り消し(民法第88条第1項)を主張できる可能性はあります。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 福田 優二

大学時代に旅行で訪れて以来、台湾に興味を持ち、台湾に関連する仕事を希望するに至る。 司法修習修了後、高雄市にて短期語学留学。2017年5月より台湾に駐在。 クライアントに最良のリーガルサービスを提供するため、台湾法および台湾ビジネスに熟練すべく日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。