第490回 台北市政府の仮差押申立て、裁判所が却下

台北市政府は、2023年9月9日に台北地方法院(地方裁判所)に対し基泰建設の資産の差押を申し立てましたが、9月12日に裁判官に却下されたため、社会の関心を集めました。

本件の概要は次のとおりです。

台湾の有名な上場会社である基泰建設の台北市中山区大直街に位置する建築現場について、9月7日に、その地階の不適切な施工により、周辺の数十軒の家屋に亀裂、傾斜、さらには建物の1階部分が沈下するといった重大な突発的事件が発生する事態となりました。

基泰建設が責任逃れのため財産を移転することが懸念されたため、台北市政府法務局は弁護団を組織し、本件事故の鑑定費用、道路の復旧工事費用、住民の落ち着き先の手配費用などを概算した上で、9月9日に台北地方法院に基泰建設の資産の仮差押を申し立てました。仮差押の範囲は6195万台湾元(約2億8600万円)の資産です。

執行困難な証拠なし

台北地方法院は程なくして9月12日に申立てを却下しました。

本件は社会の注目を浴びた事件であったため、台北地方法院のスポークスマンは、今回却下した主な理由を特別に公開説明しました。

当該理由には次のものが含まれます。

1.債権者は、債務者の財産の仮差押を申し立てる場合、「仮差押を執行しないと後日の強制執行が不可能となる、または強制執行が極めて困難となる」可能性について説明しなければならない。

具体的には、債権者は債務者に財産の浪費、隠匿、不適切な処分または逃亡などの行為があることを証明する具体的な証拠を提示しなければならない。

2.台北市政府の仮差押の申立金額は6195万元であるが、基泰建設は9月12日にすでに1億元を台北市政府の口座に振り込んでおり、また、基泰建設の財務諸表によると現在同社には賠償に供することのできる一定の資産がまだあるため、現時点では、基泰建設に無資力に陥るまたは財産隠匿などの状況があるとは認定し難い。

台北市政府も、台北地方法院の却下決定を受領した後、最終的に地方法院の見解を受け入れ、台湾高等法院(高等裁判所)への抗告を放棄することを決定しました。

台湾では、債権者が地方法院に債務者の資産の仮差押を申し立てたケースで最終的に地方法院の許可が得られた割合は一貫して10%未満となっており、本件の事例によって、仮差押申立ての難度があらためて証明されています。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。