第609回 雇用主の連帯賠償責任

新竹地方裁判所は2026年2月、ある交通事故案件について第一審の民事判決を下し、雇用主は運転手の従業員とともに、被害に遭ったファウンドリー最大手、台湾積体電路製造(TSMC)のエンジニアに対して4480万台湾元を連帯して賠償すべきであると認定しました。

TSMC社員が交通事故被害

本件の概要は以下のとおりです。20年7月、TSMCのエンジニアであるX氏(53歳)がオートバイで新竹県宝山郷を走行中、大型トラックの運転手Y氏が二重黄線を越え、規則に違反してUターンをしたため、対向車線を直進していたX氏は避けきれず、激しく衝突しました。X氏は頭部に重傷を負って植物状態となり、気管切開チューブや経鼻胃管などの生命維持装置に頼らざるを得ず、専任者による介護が必要となりました。

この交通事故の発生後、刑事事件において、Y氏は過失により重傷を負わせた罪で起訴され、最終的に台湾高等裁判所刑事廷から懲役9月の判決を言い渡されました。

民事事件においては、X氏の妻子がY氏およびその雇用主に対し、労働損失、医療費、介護費用、精神的慰謝料などの連帯賠償を求めました。TSMCは台湾の著名な高給企業であるため、被害者側が請求した金額は9088万元に達しました。

雇用者が連帯責任

台湾の民法第188条は

「(第1項)被用者が職務の執行に当たり、不法に他人の権利を侵害した場合、雇用主が行為者と連帯して損害賠償責任を負う。ただし、被用者の選任およびその職務執行の監督について、相当の注意を払っていた場合、または相当の注意を払っていたとしても損害の発生を免れなかった場合、雇用主は賠償責任を負わない。

(第2項)被害者が前項ただし書きの規定により損害賠償を受けられない場合、裁判所はその申し立てにより、雇用主および被害者の経済状況を斟酌して、雇用主に対して全部または一部の損害賠償を命ずることができる。

(第3項)雇用主は、損害を賠償した場合、不法行為を行った被用者に対して求償権を有する」と定めています。

従って、新竹地方裁判所は上記の第188条第1項の規定に基づき、当該交通事故における双方の過失割合などの要素を考慮した上で、最終的に雇用主(貨物運送会社)は運転手のY氏とともに、被害に遭ったTSMCのエンジニアに対して4480万元を連帯して賠償すべきであると認定しました。

保険加入でリスク軽減

理論上、雇用主には上記の第188条第1項ただし書きによって免責される余地はあるものの、実務上、このただし書きによる抗弁が裁判所に認められることは極めて少ないです。そのため、多くの雇用主は従業員の過失行為による賠償リスクを軽減するため、「雇用主責任保険」などの保険に加入しています。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。