第617回 他人を公然と「ネズミの糞」と呼ぶ法的責任

台湾では最近、注目を集める社会事件が起きました。2025年2月、台中にある某大学の李という法学部教授が、刑事訴訟法の授業を行っていた際に、教科書を持参していない学生がいることに気づき、その場にいた学生たちに向けて「真面目に授業を受けている学生もいるのだから、鍋いっぱいの粥を数粒のネズミの糞(ふん)で台無しにする(少数の厄介者が全体に迷惑をかける)ようなことはしないでほしい」と発言したというものです。

当時、教科書を持参していなかった朱という名の兄弟は、李教授が自分たちを「ネズミの糞」と罵倒したと考え、公然侮辱罪で刑事告訴しました。李教授は学生を侮辱する意図は一切ないと否定したものの、台中地方検察署によって公訴が提起されました。

台中地方裁判所はこの事件を審理した後、26年5月に、李教授に対して無罪の一審判決を下しました。裁判官の判断理由は以下の通りです。

悪意があるか

一、刑法第309条第1項には「公然と人を侮辱した者は、拘留または9000台湾元以下の罰金に処する」と規定されている。言葉で表現された内容が「侮辱」を構成するか否かについては、使用された言葉や文字自体に他人の名誉を毀損する意味合いがあることだけで認定することはできず、その表現の文脈全体から評価すべきである。

公然侮辱罪が成立するためには、客観的に公然と侮辱する行為がなければならず、主観的にも、公然と侮辱する悪意(知っていること)が存在しなければならない。実質的な悪意に基づくものでなければ、たとえ辛辣な言葉であり、その批判内容が批判された者に不快感を与えたり、その名誉に影響を及ぼしたりするものであっても、やはり憲法が保障する言論の自由の範疇に含まれる。

人物ではなく事柄に意見

二、本件では、「ネズミの糞」という李教授の発言は「一粒のネズミの糞が、鍋いっぱいの粥を台無しにする」ということわざに由来し、少数の者の問題によってチーム全体に迷惑がかかることを比喩したものである。

従って、被告(李教授)は、学生が指定された教科書を持参せずに授業に出席したという「事柄」に対して意見したのであって、告訴人(朱兄弟の2人)ら「人物」に対して単に貶めるような評価を下したわけではないため、主観的に告訴人を侮辱する犯意があったとは認めがたい。

この事件に対し、多くの市民は「朱兄弟は授業に出席した時に教科書を持参していなかったのだから、教師を訴えるのではなく、まずは自分自身のことを反省すべきだ」と考えています。さらに、「『ネズミの糞』は世間でよく使われる表現であり、『侮辱』というほどでもないのに、なぜ検察官は安易に起訴したのか理解できない」という声も上がっています。

台湾では、言葉上の対立から法的訴訟に発展するケースが非常に多いため、無用な争いに巻き込まれないよう、発言する際の言葉遣いには注意が必要です。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。