第46回 インサイダー取引規制に係る重要事実の「確実性」

台湾最高裁判所の2013年12月5日の102年度台上字第4868号判決によれば、A社とB社という2つの上場会社間での、それぞれの間接子会社(C社及びD社)に関する株式交換の交渉に際し、A社及びB社の董事長が株式交換比率に合意したという、確実に株式交換が実行されるとの予測が成り立つ重要事実の公表前に、A社の董事長である甲が自社株式を買い付けたことが、証券取引法第157条の2のインサイダー取引に当たるとされ、懲役1年6か月(執行猶予3年)と、3927万台湾ドルの罰金が科された。

証券取引法第157条の2の規定によれば、有価証券の発行会社の役員等の特別の地位にある者が、有価証券の価格に重大な影響を及ぼす事実(以下、「重要事実」という)を知った場合、当該重要事実が「確実」に実行されると予測された(確実性の発生)後、公表される前、あるいは公表後18時間以内(本件行為時には12時間以内)に、一定の有価証券の取引を行うことが、いわゆるインサイダー取引として、規制されている。

本件の審理の概要は以下の通りである。

一審の台湾台北地方裁判所(台湾台北地方裁判所101年度金訴字第26号、13年1月24日判決)は審理の結果、以下の通り判示した。

重要事実は、通常、抽象的、一般的な方針の検討から会社の機関による最終的なものに至るまで、各過程における種々の決定が企業組織上の各段階において重層的に行われるのであり、また、重要事実に関しては、各過程における、各段階での内容や実現可能性等が変化することがあり得るため、重要事実について「確実性」が生じたと言えるか否かは、一義的、形式的に判断できる性質のものではない。そのため、重要事実の確実性がいかなる時点で生じたか否かは、結果に至るまでの事実の全体的な経過を総合的に勘案して客観的に判断しなければならない。

本件では、C社とD社が株式交換を行うことについての意思決定の過程において、決定権限を有しているA社及びB社の董事長が、株式交換比率に合意した段階で、確実に株式交換が実行されるとの予測が成り立つと判断される。そのため、この重要事実の公表前にA社株式を買い付けた甲の行為は、インサイダー取引に当たる。

台湾高等裁判所の13年5月21日の102年度金上訴字第14号判決は、一審の判決を維持し、甲の控訴を棄却した。甲は高裁の判決を不服として、最高裁に上告したが、棄却された。

台湾の証券取引法は、インサイダー取引規制において、重要事実についての確実性の発生という要件を設けているが、当該重要事実の成立や確定自体までは要しないことに注意する必要がある。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。