第57回 メッセージアプリで業務指示を行うリスクについて

メディアの報道によれば、広告代理店に勤めていた40代の女性が長期間にわたり、退勤後も上司から「WhatsApp」や「LINE(ライン)」などスマートフォンのメッセージアプリにより業務指示を受けて深夜まで働き、脳卒中で死亡した。本件は、労働部労工保険局が「労働者が通信ソフトウエアによる雇用主の指示を受けて残業し、過労死した」と労働災害を認定した台湾初の事例である。

労働基準法第32条の規定によれば、雇用主は労働者に通常の労働時間外に労働を行わせる必要がある場合、延長労働時間は通常の労働時間と合計して1日につき12時間、1カ月で46時間を超えてはならない。また、2014年7月3日施行の「職業安全衛生法」において追加された「過重労働防止条項」は、従業員が300人以上の場合、夜間労働者および交替勤務制労働者のために過重労働防止計画(健康診断、労働時間短縮などの措置を含む)を策定するよう雇用主に要求しており、違反した場合には30万台湾元の過料が科される。

労働災害の認定について、「職業安全衛生法」第2条の規定によれば、労働場所の▽建築物▽機械▽設備▽原料▽材料▽化学品▽気体▽蒸気▽粉じん──など、または作業活動および、その他の職業上の原因に起因する死亡、けが、障害はいずれも労働災害を構成する。

アプリによる指示も残業=労働部

労働部によれば、労働者は契約した労働時間外に労務を提供する義務はない。もし雇用主がメッセージアプリなどにより退勤後も業務を指示、指揮を行う場合も、労働基準法の時間外労働手当および労働時間の上限の制限を受け、違反した場合には労働基準法第79条に基づき雇用主に対し2万〜30万台湾元の過料が科される。

労働者に労働災害が発生した場合、雇用主は労働基準法第59条の規定に基づき医療費補償および労働不能期間の賃金補償の他、労働者保険の労働災害給付基準に従い、平均賃金に基づいた死亡補償または障害補償を支給しなければならない。また、労働者は民法第192条〜第195条に規定される不法行為に基づき雇用主に対し民事上の賠償請求を行うことができる。

雇用者は場合により刑事責任も

なお、労働者安全衛生法第31条および第32条の規定によれば、雇用主の安全衛生設備上の過失により労働者が3人以上、労働災害に遭うまたは死亡した場合、雇用主は刑事責任を負わなければならない。また、雇用主の過失により労働災害に遭った労働者は、刑法の過失傷害罪により雇用主に刑事訴訟を提起することができる。

スマホのメッセージアプリ出現後、その利便性から退勤後も業務指示が行われる状況が増加している。雇用主は、上記の法的責任が発生する可能性があることに十分注意すべきである。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。