第59回 労働者の「賃金」について

台北地方裁判所が2014年6月13日に下した14年度簡字第87号行政訴訟判決によれば、「賃金」とは、労働者が労働により獲得する報酬であり、労働者が労務を提供して雇用主から獲得する対価に該当し、「労務対価性」および「給付経常性」を有しており、給付の名称のいかんは問わない。

本件紛争の概要は以下の通りである。

甲は乙の従業員であり、甲は離職の際、労働部労工労保局(以下「労保局」という)に対し「乙は労働者定年退職金条例第14条第1項(すなわち、「雇用主が毎月負担する労働者定年退職金の積立率は労働者の毎月の賃金の6%を下回ってはならない」)などの規定に従い、甲の実際の賃金に基づき甲の定年退職金の積み立てを行わず、基本給のみに基づき定年退職金の積み立てを行った」と告発した。

賃金の範囲

労保局の調査の結果、「甲の給与は11年、12年に変動していたが、乙は変動後の給与に基づく甲の定年退職金の積み立てを行っていないばかりか、甲の食費、交通費、時間外労働手当などの給付を賃金として扱っておらず、甲、乙間の雇用契約に記載されている月給(すなわち「基本給」)のみにより、積み立てるべき定年退職金を計算していたこと」が判明した。よって、労保局は労働者定年退職金条例第52条の規定に基づき乙に対し5,000台湾元の過料を科した。乙は「食費、交通費、時間外労働手当などは甲の給与ではない」と主張し、まず、労保局の過料処分に対し不服を申し立て、次に、労保局を被告として行政訴訟を提起して労保局の過料処分の取り消しを請求した。

裁判所は審理の上、乙の全面敗訴の判決を下した。主な理由は以下の通りである。

一.労働基準法第2条第3号には「賃金とは、労働者が労働により獲得する報酬をいい、賃金、給料および労働した時間数、日数、月数、出来高によって算定され現金または現物などをもって支給される賞与、手当ならびにその他名称のいかんを問わない経常的給付を含む」と規定されている。よって、「賃金」とは労働者が労働により獲得する報酬であり、労働者が労務を提供して雇用主から獲得する対価に該当し、「労務対価性」および「給付経常性」を有しており、また、ある給付が「経常的給付」であるかを判断するときには、支給時の「名目」を基準とするのではなく、その実質的な内容によって決定しなければならない。

二.乙が甲に支給する食費、交通費、時間外労働手当などは、各項目の実質的な内容を見ると、労働により獲得する報酬の性質を有しており、かつ金額は固定で、毎月支給されており、明らかに経常的給付に該当し、当然、賃金に該当する。従って、乙は甲の定年退職金を積み立てる場合、当然、当該食費、交通費、時間外労働手当などを賃金に含めて、積み立てるべき定年退職金を計算しなければならない。

実務においては、乙のように雇用主が労働者の「基本給」のみを計算基準として労働者の定年退職金の積み立てを行うことが一般的であるが、労働者が離職する際、これが発覚して当局に告発することが多いため、雇用主は特に注意しなければならない。


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執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。