第250回 台湾法における冤罪の賠償

今月、強盗・殺人未遂の罪で服役していた元受刑者の男性が、事件から32年を経て無罪判決を獲得する出来事がありました。極めて深刻な冤罪(えんざい)事件といえます。

同事件の起訴状によると、今回冤罪を晴らした蘇炳坤氏は1986年3月23日夜、蘇氏が以前雇用していた元従業員の郭中雄・元受刑者と2人で新竹市の貴金属店に窃盗を目的に侵入。店主の陳氏に気付かれたため、郭・元受刑者と共に包丁で刺し、重傷を負わせた上で店にあった宝石を奪って逃走したとされていました。

蘇氏は一審では無罪判決を得たものの、二審を経て三審で強盗・殺人未遂罪で懲役15年の判決が確定しました。蘇氏は一貫して潔白を主張し、判決確定後、10年間にわたり逃亡を続けましたが、97年に逮捕され、刑務所で服役しました。2002年12月、当時の陳水扁総統が蘇氏に恩赦を実施し、刑罰を免除して刑務所から出所させました。しかし蘇氏は、刑罰が免除されたとしても、無実の罪を着せられた事実が消えるわけではないとして、確定した有罪判決に対して再審を申し立て、今年8月にようやく無罪判決を獲得できたのです。

「共犯者」の証言で逆転無罪

逆転無罪を獲得できたのは、「共犯者」郭・元受刑者が裁判所の審理で、「警察は取り調べの際、私の口をふさいで鼻に水を注いだり、また電話帳を私の体に当てて上からハンマーでたたくなどして、共犯者の有無を供述するよう迫りました。私は、自分が材料を盗んだために雇用主の蘇氏から給与をカットされた恨みを思い出し、警察に蘇氏が共犯者であると供述した結果、警察は蘇氏を逮捕しました」と証言したことが最大のポイントとなりました。

台湾メディアの報道によると、本冤罪事件が起きた原因は、1)警察が不当な手段により当事者に自白を強要したこと。2)検察官が詳細な捜査を行わず、警察の捜査結果をそのまま採用したこと。3)裁判所が推定無罪の原則を守らず、問題のある証拠、証言に基づいて有罪判決を下したことの3点にあります。
蘇氏は無罪判決を獲得した際、「私は平凡な庶民、商売人でしたが、この事件によって家庭も事業も全て失いました。無罪判決を勝ち取りましたが、正直、うれしさは込み上げてきません」と語りました。

本事件において、蘇氏が刑務所に収監されていた日数は943日に上り、台湾の冤罪賠償制度に基づいて、1日当たりの賠償金を5,000台湾元(約1万8,000円)で計算した場合、蘇氏は471万元の賠償金を得ることができます。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。