第20回 使用者からの労働契約の解除(13)~労働契約の解除不可事由3~

Q:上海市所在の独資企業X社(従業員300人規模)は、生産型企業として、自社工場で製品を製造し販売してきました。しかし、昨年から業績が急激に悪化しているため、一部生産ラインの廃止、及びこれに伴う整理解雇を実施予定です。
整理解雇の対象予定者の選定を行っていたところ、半年前に入社した従業員Aが、勤務時間外に見知らぬ通行人と喧嘩(Aが相手に先に手を出したようです)をして負傷し、全治3か月との診断書を提出した上で今月1日から病休を取得していることがわかりました(Aはこれまでに病休を取得したことはありません)。
X社としては、他人に危害を及ぼすようなAについて整理解雇の対象者としたいのですが、対象者とすることができるでしょうか?

A:X社は、Aが規定の医療期間内にある間は、Aを整理解雇の対象者にすることはできないと考えます。

解説

1 労働契約の解除不可事由について
(1)各解除不可事由
 労働契約法(以下「本法」といいます)第42条は、使用者からの労働契約の解除のうち、即時解除(本法第39条)を除く、予告解除(本法第40条)及び整理解雇(本法第41条)に関し、たとえ労働者に法定の労働契約解除事由が存在したとしても、以下のいずれかの事由が存在する場合には労働契約を解除してはならないと規定しています。

 ➀職業病の危害に触れる業務に従事した労働者に離職前職業健康診断を行わず、又は職業病が疑われる病人で診断中もしくは医学観察期間にある場合
 ②当該使用者において職業病を患い、又は労災により負傷し、かつ労働能力の喪失もしくは一部喪失が確認された場合
 ③病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間内にある場合
 ④女性従業員が妊娠、出産、授乳期間にある場合
 ➄当該使用者の下において勤続満15年以上で、かつ法定の定年退職年齢まで残り5年未満である場合
 ⑥法律、行政法規に規定するその他の場合

 本件では、Aについて、上記③の「業務外の理由で負傷し、規定の医療期間内にある場合」(以下「解除不可事由③」といいます)に該当するかが問題となりますので、当該事由について説明致します。

(2)各文言について
ア 「業務外の理由で負傷」について
 「業務外の理由で負傷」については、解除不可事由③に関して規定した「企業従業員の罹病又は業務外の理由による負傷の医療期間についての規定」(以下「医療期間規定」といいます)を含め、法令においては特段の規定はありません。上記(1)②で規定されている「労災により負傷」に該当しない負傷であれば、「業務外の理由で負傷」に該当すると思われます。

 もっとも、従業員自身による故意や重大な過失による負傷の場合であっても、これに該当するのでしょうか?

 この点に関しては、自殺を図ったものの死には至らず負傷した事例において、「『医療期間規定』には、当事者のこのような状況(筆者注:自殺を図ったが死に至らず負傷した状況)を排除し、法定の医療期間の規定を享受してはならないとの明文の規定はなく、このため、法律において明文での禁止事由がない以上は、本件従業員は法定の医療期間を享受できると認定しなければならない」と判示した中国の裁判例[4]があり、当該裁判例に基づけば、従業員自身による故意や重大な過失による負傷の場合であっても、「業務外の理由で負傷」に該当すると考えられます。

イ 「規定の医療期間内」について
(ア) 法令の定め
 まず、「医療期間」の定義については、医療期間規定第2条が、「企業従業員が罹病又は業務外の理由による負傷によって勤務を停止し、病気を治療し、休暇を取得する場合において、労働契約を解除してはならない期間」と定義付けています。ここから、医療期間とは、業務外の理由による病気・怪我の治療のために休暇が必要な期間ではなく、あくまでも労働契約を解除してはならない期間であることがわかります。
 次に、医療期間の長さについては、医療期間規定第3条に基づき、他社での勤務を含めた「合計勤務年数」及び「現在の会社での勤務年数」に応じて、以下の表に従って計算されます。

【医療期間(全国的な原則基準)】

合計勤務年数

現在の会社での勤務年数

医療期間

医療期間計算周期

10年以下

5年以下

3か月

6か月

5年を超える

6か月

12か月

10年を超える

5年以下

6か月

12か月

5年を超え10年以下

9か月

15か月

10年を超え15年以下

12か月

18か月

15年を超え20年以下

18か月

24か月

20年を超える

24か月

30か月

 

(イ) 上海市の定め
 上記(ア)の表が全国的な原則基準となりますが、上海市には、医療期間に関する特別な規定があり、医療期間は、他社での勤務を含めた合計勤務年数とは無関係に、労働者の現在の会社での勤務年数によって定められることとされています。具体的には、労働者の現在の会社での勤務1年目の医療期間を3か月とし、以後、勤務満1年につき医療期間を1か月増やすこととし、最長を24か月としています(「上海市の労働者の労働契約期間における罹病又は業務外の理由による負傷の医療期間の基準についての規定」第2条)。

【医療期間(上海市)】

現在の会社での勤務年数

医療期間

1年未満

3か月

以後、満1年ごと

+1か月(但し上限は24か月)

 

2 本件
 本件では、まずAが、解除不可事由③のうちの「業務外の理由で負傷」に該当するかが問題となります。この点についてAは、勤務時間外に見知らぬ通行人と喧嘩をして負傷しており、「労災により負傷」には該当しない負傷をしたと考えることができます。
 なお、Aが相手に先に手を出しているようですが、上記1(2)アで言及した裁判例に基づけば、従業員自身による故意や重大な過失による負傷の場合であっても「業務外の理由で負傷」に該当すると考えられますので、Aについても「業務外の理由で負傷」に該当すると考えられます。

 次に、Aについて、解除不可事由③のうちの「規定の医療期間内」に該当するかが問題となります。この点についてAは、半年前にX社に入社しているため、上記1(2)イ(イ)の上海市の規定に基づき、医療期間は3か月となります。
 このため、Aが正式な診断書を提出して病休を取得している限り、今月1日から3か月間は、Aは「規定の医療期間内」に該当することになります。

 以上のことから、X社は、Aが規定の医療期間(今月1日から3か月間)内にある間は、Aを整理解雇の対象者にすることはできないと考えます。
 なお、解除不可事由によって労働契約の解除が制限されるのは、予告解除及び整理解雇の場合であり、即時解除については、解除不可事由が存在していても行うことができます。このため、例えば、Aについて、今回の喧嘩が原因で刑事責任を追及されるなど、即時解除事由[7]が存在する場合、X社はAとの労働契約を即時解除することが可能です。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第773号)に寄稿した記事です。