第30回 経済補償金(3)~支払事由3(合意解除、期間満了)~ 

Q:上海市所在の独資企業X社は、従業員Aより、労働契約の解除の申し出を受けました。Aとしては、単に自己都合での退職とするとその後の求職活動に不利になる可能性があることから、X社との合意解除の形として欲しいとのことでした。
 労働者側からの自己都合を理由とした労働契約の解除であれば、経済補償金の支払いは不要であると聞いていますが、合意解除とする場合、経済補償金の支払いは必須でしょうか? 
 また、X社は、従業員Bとの労働契約の契約期間が間もなく満了となるため、同契約の更新(契約条件に変更なし)をBに打診したところ、Bより、労働契約を終了させて欲しい旨の申し出がありました。このため、Bとの労働契約は期間満了を理由に終了させる予定です。このようなBに対して、経済補償金を支払う必要があるでしょうか?

A:X社は、Aに対しても、Bに対しても経済補償金を支払う必要はないと考えます。もっとも、X社は、A又はBとの間で、後に経済補償金支払いの要否に関して紛争が生じる場合に備え、書面等の客観的な証拠を残しておくべきであると考えます。

解説

1 経済補償金について
(1)経済補償金の支払事由
 労働契約法(以下「本法」といいます)第46条は、経済補償金の支払いが必要な場合について以下のとおり規定しています。

①労働者が本法第38条の規定に従い労働契約を解除した場合
使用者が労働者に対し労働契約の解除を申し出、かつ労働者との協議により労働契約解除の合意に達した場合
③使用者が本法第40条(予告解除)の規定に従い労働契約を解除した場合
④使用者が本法第41条第1項(整理解雇)の規定に従い労働契約を解除した場合
使用者が労働契約に約定する条件を維持し、又は引き上げて労働契約を更新しようとしたものの、労働者が更新に同意しない場合を除き、期間を定めた労働契約を期間満了により終了した場合
⑥本法第44条第4号(破産宣告)、第5号(営業許可証の取消等)の規定に従い労働契約を終了した場合
⑦法律、行政法規に定めるその他の事由が発生した場合

 Aについては、上記②の「使用者が労働者に対し労働契約の解除を申し出、かつ労働者との協議により労働契約解除の合意に達した場合」(以下「支払事由②」といいます)が問題となり、Bについては、上記⑤の「使用者が労働契約に約定する条件を維持し、又は引き上げて労働契約を更新しようとしたものの、労働者が更新に同意しない場合を除き、期間を定めた労働契約を期間満了により終了した場合」(以下「支払事由⑤」といいます)が問題となりますので、これらの事由について説明致します。

(2)支払事由②(合意解除)
 支払事由②は、労使間で労働契約が合意解除された場合の支払事由です。

 支払事由②において明示されているとおり、労働契約が合意解除された全ての場合において経済補償金の支払いが必要となるわけではなく、使用者が労働者に対し労働契約の解除を申し出たことにより合意解除された場合に限り、経済補償金の支払いが必要となります。言い換えれば、労働者が使用者に対し労働契約の解除を申し出たことにより合意解除された場合、経済補償金の支払いは不要です。

 もっとも、使用者と労働者のいずれが労働契約の解除を申し出たかについて、後に争いが生じることが十分に予想されます。労働者から解除の申し出があったことについては使用者が立証責任を負いますので、もし労働者からの労働契約の解除の申し出があった場合、使用者は、後の立証を可能にするために、書面で申し出を行わせ、かつ申し出を行った日付についても明確になるようにしておくべきです。例えば、署名済みの離職届を添付したメールを労働者に送付させることなどが考えられます。

 なお、中国の裁判例では、書面での証拠はもちろんのこと、書面以外の証拠(例えば録音)に基づいて事実認定を行っているものも見受けられますので、参考に値します。

3)支払事由⑤(期間満了)
 支払事由⑤は、期間の定めのある労働契約が期間満了で終了する場合の支払事由です。

 期間の定めのある労働契約が期間満了で終了する場合については、本法の施行前までは経済補償金の支払事由とはされていませんでした(労働法第28条参照)。また、本法施行後も、労働契約が期間満了で終了する全ての場合において経済補償金の支払いが必要となるわけではありません。つまり、使用者が従前と同一又はそれ以上の条件で労働契約の更新をしようとしたものの、労働者が更新に同意しない場合には経済補償金の支払いは不要です。

 もっとも、使用者が従前と同一又はそれ以上の条件で労働契約の更新をしようとしたとの事実、又は労働者が更新に同意しないとの事実の有無についても、後に争いが生じることが十分に予想され、特に労働者による不同意の事実について使用者が事後に証明することは容易ではありません。このため、上記支払事由②と同様、これらの事実について後の立証を可能にするために、書面等の客観的な証拠を残しておくべきです。例えば、使用者において、従前の条件以上で労働契約の更新を打診する内容を記載し、かつ労働者による当該打診に対する回答欄を設けた書面を作成した上で、労働者に回答、署名させることなどが考えられます。

 なお、中国の裁判例においても、使用者が労働契約の期間満了前に送付する労働者の意向を確認する書面が、「使用者が従前の条件以上で労働契約の更新をしようとしたとの事実」の立証のための有力な証拠として用いられています。また、参考に値する裁判例として、それらの書面において更新後の待遇を明記していなくとも、通常の理解では従前の契約の待遇に従って契約更新をするものであり、労働者が、更新後の待遇について確認することなく労働契約の更新を望まない場合には、法律の規定する使用者が経済補償金を支払うべき事由には該当しないと判断したものが挙げられます。

2 本件

 まず、Aについては支払事由②の有無が問題となります。
 上記1(2)のとおり、労働者が使用者に対し労働契約の解除を申し出たことにより合意解除された場合、経済補償金の支払いは不要です。Aについても、Aから労働契約の解除の申し出がなされていることから、Aに対しては経済補償金の支払いは不要であると考えます。

 次に、Bについては支払事由⑤の有無が問題となります。
 上記1(3)のとおり、使用者が従前と同一又はそれ以上の条件で労働契約の更新をしようとしたものの、労働者が更新に同意しない場合には経済補償金の支払いは不要です。Bについても、X社がBとの労働契約の更新(契約条件に変更がないため従前と同一の条件)をしようとしたところ、Bが労働契約を終了させて欲しい旨の申し出を行っている(更新に同意しない)ことから、Bに対しても経済補償金の支払いは不要であると考えます。

 もっとも、X社は、A又はBとの間で、後に経済補償金支払いの要否に関して紛争が生じる場合に備え、上記1(2)及び上記1(3)で言及した書面等の客観的な証拠を残しておくべきであると考えます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第809号)に寄稿した記事です。