第40回 会社の法人性~法人格否認の法理による関連会社からの債権回収~

Q:X社は、電子機器を製造するY1社に部品を販売しましたが、部品代金100万元がY1社から一向に支払われてきません。そこで、X社が調査したところ、Y1社は事実上破産状態に陥っているようです。
 Y1社の法定代表者はAであり、Aの妻のBがY1社の唯一の株主です。また、AはY2社という会社の法定代表者も務めており、唯一の株主でもあります。
 このY2社は名称や登記こそY1社と違いますが、本当に別の会社と言えるか怪しいことがわかりました。
 Y1社が事実上破産状態にあるため、X社は上記売買代金100万元を回収することができません。しかし、Y2社は数多くの不動産を所有しているため、どうにかしてY2社から回収することができませんでしょうか。

A:Y2社がY1社の関連会社にあたり、4つの要素(財産、業務、人事、場所の混同、特に財産の混同)を総合的に判断しY1社と人格の混同があり、その結果X社が債権を回収できない場合には、X社はY1社への売買代金100万元について、Y2社に対しても連帯責任を追及できる可能性があります。

解説

1 総論

 前回は基礎編として、会社の基本的な特徴である法人性について説明し、株主に責任を追及する方法である法人格否認の法理の法令上の規定を紹介しました。今回は応用編として、法人格否認の法理が裁判上認められるための実務上の重要な判断基準を紹介します。

 この判断基準として非常に参考となるのが、最高人民法院が2019年11月08日に公布した《全国法院民商事審判業務会議に関する紀要(以下「会議紀要」といいます)》と法人格否認の法理に関する裁判例として2013年1月31日に公表した指導案例15号ですので、以下、これらについて詳しく説明いたします。

2 法人格否認の法理の要件

(1)前回のおさらい 
 前回の基礎編で紹介したとおり、中国の会社法では、法人格の否認の法理について以下のように規定しており、3つの要件が必要となります。

中国会社法第20条第3項:

会社の株主が、会社法人の独立的地位及び株主の有限責任を濫用して、債務を免れ、会社の債権者の利益を著しく損なった場合は、会社の債務に対して連帯して責任を負わなければならない。

①会社が合法的に法人格を取得していること
②株主が法人格を濫用したこと(人格の混同、過度な支配、資本金の著しい不足)
③株主が②によって、会社の債権者の利益に重大な侵害を与えたこと

上記の会議紀要では、②の具体例として、人格の混同、過度な支配、資本金の著しい不足の3種類の行為を挙げて、それぞれの判断基準を示しています。本稿ではこの中でも問題となることが多い人格の混同について説明します。

(2)人格の混同の判断基準
人格のがあるというためにはどのような要素を考慮するのでしょうか。
重要な判断基準として以下の2つがあります。

ア 上海市高級法院の判断基準

2009年6月25日に上海市高級法院民事第二法廷が公布・施行した《会社法人格否認事件の審理に関する若干意見(以下「上海基準」といいます)》第8条では、以下のような事情が継続し、広く存在する場合には、総合的に株主と会社の混同を認定できるものと規定しています。

①財産の混同
株主と会社の間で資金や財務管理の区分が明確ではない場合等には、人格の混同と判断されやすくなります。

②業務の混同
株主と会社の間でその業務範囲の大部分が重なる場合等には、人格の混同と判断されやすくなります。

③人事の混同
株主と会社の法定代表者、董事や監事などの役員、財務責任者等高級管理人員が相互に兼任し、大部分の従業員が共通である場合等には、人格の混同と判断されやすくなります。

④場所の混同
株主と会社が使用する営業場所に共通性がある場合等には、人格の混同と判断されやすくなります。


イ 最高人民法院の判断基準

上記の上海基準は上海市のみに適用されるため、従来は中国全土で適用される統一的な判断基準がありませんでしたが、上記のように最高人民法院より会議紀要が公布されており、人格の混同の判断基準を示しています。

人格の混同は、特に会社と株主の財産が混同し区別できない状態になっていないかにより判断されます。そして、会議紀要では、人格の混同を判断する際には、以下の要素を総合的に考慮するものとされています。

①株主が会社の資本又は財産を無償で使用し、これについて財務上の記載を行っていないという事実があるか
②株主が会社の資本を株主の債務の弁済に使用し、又は会社の資本を関連会社に無償で使用させ、財務上の記載を行っていない事実があるか
③会社の帳簿と株主の帳簿が分かれておらず、会社の財産と株主の財産を区別できないという事実があるか
④株主自らの収益と会社の利益とが区別され、両者が不明確となっていないか
⑤会社の財産が株主の名義下にあり、株主がこれを占有、使用している事実がないか
⑥人格の混同のその他の事情

ウ 両基準の理解

上海基準では、財産の混同のみならず、業務、人事及び場所の混同も重要な判断要素と位置付けられていましたが、会議紀要では、最も重要なのは会社財産と株主財産の混同だとして財産の混同を重視し、その他の要素(業務、人事、場所)は補強的な要素に過ぎないとしています。会議紀要は、最高人民法院で議論した内容について全国各地の人民法院への指導文書として公布されたものであり、全国各地の人民法院(高級人民法院や中級人民法院を含む)の裁判実務に大きな影響を及ぼします。

また2019年に公布された会議紀要が、上海基準が公布された2009年以降の裁判実務の積み重ねを踏まえたものであることを考えると、今後の裁判実務では、株主と会社の人格の混同の認定にあたり、会議紀要で定めた財産の混同に重点を置いた判断基準に沿って判断されることが予想されます。

なお、上海基準は依然として上海市において適用されるものであり、同基準で挙げるその他の3つの要素についても会議紀要で掲げる⑥の「その他の事情」で考慮されるため、上海基準も上海市においては引き続き参考とされる余地はあると考えます。

(3)債権者の利益に重大な損害を与えたこと
 上記の濫用行為があっても、債権者の利益に損害を与えなければ、法人の独立的地位と株主有限責任という会社法の大原則を覆してまで法人格を否認する必要がありません。

債権者の利益の損害とは、主に株主が権利を濫用して会社財産を会社債権者の債権の弁済をするのに不足させることをいいます。 

しかし、この要件については、裁判例においても詳細に検討されることが少なく、債務が履行できず裁判所に訴えられたことをもって損害が重大だとされている裁判例が多いようです。

 

3 関連会社への責任追及(指導案例15号)

1)問題の所在 
 本件のAやY2社はY1社の「株主」ではなく中国会社法第20条第3項の規定により連帯責任を追及することができません。しかし、Y2社とY1社が実質的に同じ法人と考えられる場合には、このような結論は妥当ではないように思われます。そこでY2社に責任を追及するための法律構成が問題となります。この点について、上記、指導案例15号では、一定の要件のもとで「関連会社」に対しても連帯責任を追及することを認めています。

(2)関連会社とは
 この関連会社について、中国の会社法では以下のように規定しています。

中国会社法第216条第4号:

関連関係とは会社の支配株主、実質支配者、董事、監事、高級管理職とその直接又は間接的に支配する企業との間の関係、及び会社の利益移転をもたらす可能性のあるその他の関係を指す。

ただし、国が持分を支配する企業間では、国に支配を受けているということのみによって関連関係があるとみなされない。

このように株式上の支配関係のみならず、「会社の利益移転をもたらす可能性のあるその他の関係」と、かなり広く定義づけされています。

(3)法律構成
 利益移転をもたらす可能性のある「関連会社」に対して責任を拡大するための法律構成としては、中国会社法第20条第3項規定を類推適用するという方法も考えられるところです。しかし、この指導案例15号では、その他の関連会社に巨額の債務を逃れさせ債権者に重大な損害を与えたことが、法人制度設立の趣旨に反し、信義誠実原則(中国民法通則第4条)に違反し、中国会社法第20条第3項の規定する状況に相当するとし、中国会社法第20条第3項の規定を参照するとしました。

 このように指導案例15号ではこの規定を参照しているにすぎず、一般法理である信義誠実原則(中国民法通則第4条)を根拠にしていると考えられます。そして、このような一般法理は具体的規定と比べて法的根拠としては説得力に欠けるところがあり、人格の混同を裏付ける事実的根拠の積み重ねがより重要となります。

 この指導案例15号でも人格の混同が疑われる事実を細かく検討し「高度の」人格の混同を認定して関連会社の連帯責任を認めています。

4 本件での検討

(1)責任主体
 Y2社はY1社の「株主」ではないため中国会社法第20条第3項により連帯責任を追及することができませんが、Y2社はY1社の代表であるAが株主であり、会社の利益移転をもたらす可能性があると考えられ「関連会社」にあたると考えられます(指導案例15号においても類似の事案で関連会社とされています)。

(2)人格の混同 
 人格の混同は上記の判断基準の要素を考慮しますが、参考として指導案例15号等が人格の混同を認めるうえで理由とした事実を挙げます。

ア 財産の混同
 指導案例15号では、銀行口座が共通だったこと、支出の方法が共通だったこと、資金管理の区別をしていなかったことを人格の混同を認める理由の一つとして挙げています。

イ 業務の混同
 指導案例15号では、同じ工作機械を製造する会社であることや、同じ販売マニュアルを使っていること、対外的な宣伝の情報に混同があったことを人格の混同を認める理由の一つとして挙げています。

ウ 人事の混同 
 指導案例15号では、社長や財務責任者などの重複、そして、関連会社の人事を決定しえたことを人格のを認める理由の一つとして挙げています。

エ 場所の混同
 指導案例15号では、場所の混同については認定していませんが、最高人民法院は、別の事案において、電話番号の類似や会社が同一の住所にあることを人格のを認める理由の一つとして挙げています。

(3)債権者の利益に重大な損害を与えたこと
 上記の会社法人の独立の地位の濫用によって債権者X社は100万元という多額の売買代金を回収することができず重大な損害を受けているといえると考えられます。

(4)結論
 以上のような4つの要素(特に財産の)を総合的に考慮してY1社とY2社の人格の混同があり、その結果X社がY1社から代金100万元を回収できなかった場合、X社はY2社に対しても連帯責任を追及して上記代金を回収できる可能性があると考えられます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第849号)に寄稿した記事です。