第6回 日台間の職務発明に関する規定の比較について

会社の従業員による発明に該当する成果物は、一定の要件に適合する場合、「職務発明」と定義されることになる。また、従業員が発明を行う際に、会社の資源を利用する可能性があることから、通常、各国の特許法においては「職務発明」に関する特許を受ける権利の帰属又は利用権について特別な規定がある。以下では日台間の特許法で規定されている「職務発明」の違いについて分析する。

職務発明に関する定義について

職務発明について、台湾の特許法第7条1、2項では「従業者が職務上完成した発明、実用新案または意匠」、「従業者が雇用関係下の業務において完成した発明、実用新案または意匠」と規定され、台湾の特許法の主管機関である知的財産局が出版した2014年9月版の「特許法逐条解説」は「職務上完成した発明」を「従業員が雇用関係の存続期間中に完成した、自身の指示された職務と関連性のある発明、その発明は職務の内容でもあり、職務を遂行した結果でもある」とさらに定義している。

そのため、台湾の裁判実務においては、被告となった取締役、支配人、顧問が「自身と会社との間の法律関係は雇用関係に該当しないため、完成した発明は職務発明に属しない」と主張するケースがよくあり、また、退職後に完成した発明は「雇用関係の存続期間中に完成した」に該当しないため、会社と退職した従業員の間で発明に関する特許を受ける権利の帰属についての権利帰属紛争が生じることも少なくない。

なお、日本の特許法第35条1項では「従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明」と定義されているため、台湾にあるような「発明者と会社との間の法律関係が雇用関係に該当するか否か」という紛争はより少ないと解される。

職務発明、業務発明及び自由発明という区別について

また、日本の特許法には規定されていないが、通常、会社の業務範囲に属し、従業者の現在又は過去の職務に関連のない発明は「業務発明」(例えば、自動車会社の営業マンがエンジンの発明をした場合)、会社の業務範囲に属さない発明は「自由発明」(例えば、自動車会社の従業員が勤務時間外に楽器の発明をした場合)と認識されており、職務発明か業務発明かを判断するのが困難な場合も多いので、業務範囲に属する発明を行ったときは届出をさせ、職務発明に該当するか否かの審査を行う企業も多い。

一方、台湾の特許法第7条及び第8条はそれぞれ「職務発明」及び「非職務発明」について規定している。「非職務発明」については「従業者が職務上完成したものではない発明、実用新案または意匠」と規定され、台湾の知的財産局が出版した2014年9月版の「特許法逐条解説」はそれを「従業者が雇用関係の存続期間中になんらかの発明を完成しても、それが自身の遂行する職務と直接又は間接的な関係がない場合には、発明者自身の知恵による努力の成果物となる」とさらに定義している。

なお、従業者が雇用関係において完成した発明について、職務と無関係であるとしても、使用者が有する資源、設備、経験の利便性の下で、それらを利用する場合もある。使用者からすると、それは当該発明に対して援助を行ったこととなるため、双方の研究発明の成果に対する貢献及び利益のバランスを考慮し、第8条1項の但し書きにおいて「従業者の研究発明成果が使用者の資源又は経験を利用したことによる場合、使用者は従業者に対し合理的な報酬を支払った後、その事業においてその発明を実施することができる」と規定されている。

さらに「非職務発明」の使用者への届出について、台湾の特許法第8条2、3項には「非職務発明を完成した場合は、ただちに文書をもって使用者に通知しなければならない」、「前項の書面通知送達後6ヶ月以内に、使用者が従業者に反対の意を示さなければ、当該発明が職務発明であると主張することができない。」と明文化されている。

職務発明に関する特許を受ける権利について

1.法律上の規定

日本の特許法第35条1項には「使用者、法人等は、その従業者が職務発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。」という旨が規定されている。一方、台湾の特許法第7条1項では「特許出願権及び特許権は使用者に帰属し、使用者は従業者に相当の対価を支払わなければならない。」と規定されている。

よって、職務発明に関する特許を受ける権利について、使用者と従業者の間で契約を締結しまたは勤務規則を別途約定していないとき、日本の場合は、従業者に帰属するが、台湾の場合は、使用者に帰属する。なお、使用者はその特許を実施したいとき、日本の場合は、通常、その特許権について通常実施権を有するが、使用者がさらにその特許権を取得し、特許を受ける権利を承継、若しくは専用実施権を設定したい場合、相当の利益をその従業者に与えなければならない。台湾の場合は、その特許権は使用者に帰属するが、使用者は従業者にも相当の利益を支払わなければならない。

2.契約、勤務規則に規定すべきか否か

日本の特許法第35条2、3項には「従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ、使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。」、「従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属する。」と規定されているため、日本の会社は契約、勤務規則に「職務発明に関する特許を受ける権利は使用者に帰属する」と規定する場合が多いが、台湾の場合、職務発明に関する特許を受ける権利はそもそも法律により使用者に帰属するものであるため、特に契約、勤務規則に規定しなくても、使用者に帰属することとなる。

但し、留意すべき点としては、台湾の職務発明は「従業員が雇用関係の存続期間中に完成したものである」と定義されているため、特許を受ける権利が使用者に帰属するというのは、「雇用関係」のある従業員に限られる。役員、支配人、顧問等「委任関係」に該当する者が職務に関する発明を完成した場合において、契約中で特許を受ける権利の帰属を約定していないときは、権利はその発明者に属するものと解される。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 鄭 惟駿

国立陽明大学生命科学学部在学中、基律科技智財有限公司でのアルバイトをきっかけに、大学卒業後も同社で特許技術者として台湾における特許出願(主にバイオ分野)に関する業務に従事。2011年から政府機関の中華民国行政院原子力委員会原子力研究所に勤務。同所の主力製品である放射性医薬品、バイオ燃料等の研究開発に付随する知的財産の権利化・ライセンス業務に携わる。2012年に台湾の弁護士資格を取得後、フォルモサンブラザーズ法律事務所に入所し、研修弁護士として知的財産訴訟業務に携わった。2015年4月、公益財団法人日本台湾交流協会の奨学金試験に合格し来日、国立一橋大学国際企業戦略研究科に学ぶ。2017年3月同大学研究科を修了、同年4月に弁護士法人黒田法律事務所に入所。