精神疾患がある場合の刑事責任

先日、嘉義地方裁判所が下した刑事判決が台湾社会に大きな論議をもたらした。本件の概要は以下のとおりである。

2019年7月3日、Aという男が切符を買わずに電車に乗り、車掌長および警察官がAに料金を支払い切符を購入するよう要求したところ、Aはそれを不満として、ナイフで警察官の腹部を刺し、警察官はまもなく死亡した。本件につき嘉義地方検察署はAを殺人罪で起訴したが、嘉義地方裁判所は20年4月末に無罪判決を下した。

無罪の主な理由は以下のとおりである。

一、台湾刑法第19条に「(第1項)行為時に精神障害又はその他の知的障害により、その行為の違法性を認識することができず、又はその認識に基づき行為をする能力が欠如している場合、これを罰しない。(第2項)行為時に前項の原因により、行為の違法性を認識し又はその認識に基づき行為をする能力が著しく低い場合、その刑を軽減することができる。」と規定されている。

二、医師による精神鑑定後、Aは重大な被害妄想症状などの精神疾患を有していることが判明し、しかも本件発生時に発病しており、被害者(警察官)を加害者と誤認していた。よって、Aの犯罪行為はその精神疾患の影響によるものであり、かつ上記刑法第19条第1項の「その行為の違法性を認識することができず、又はその認識に基づき行為をする能力が欠如している」という要件に達していると嘉義地方裁判所は判断した。

しかしながら、台湾社会では、主に以下のような理由から、上記無罪判決が受け入れられていない。

一、Aは精神疾患の治療を開始してから数年後に自ら治療を放棄し、薬も飲んでいない。Aの精神疾患の症状悪化については自ら大半の責任を負うべきであるため、精神疾患を刑事責任免除の理由とすべきではない。

二、現行法では、精神疾患により無罪判決となった被告について、病院における強制治療が可能な期間は5年間だけであり、5年を経過すると全く拘束力がなくなるため、再犯のおそれがある。

本件は台湾社会に大きな論議を巻き起こしたため、現在、法務部が刑法第19条の改正および強制治療期間の延長について検討を進めている。


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【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修