台湾における労働法の立法動向

台湾における労働法については、今年の4月と5月に、(1)「労働基準法」における労働者の定年退職年齢に関する規定の改正案、及び(2)「大量解雇労工(労働者)保護法」の改正案という2つの重要な改正案が台湾の国会で可決された。本稿では、上記2つの法律の改正について解説する。

1.「労働基準法」における労働者の定年退職年齢に関して

労働者の定年退職年齢に関して、台湾の従来の労働基準法は、下記のように規定していた:

第53条
労働者は下記のいずれかの要件に該当すれば、自ら定年退職を申請することができる:
一、在職15年以上で、かつ満55歳の者
二、在職25年以上の者

第54条
労働者が下記のいずれかの要件を満たさなければ、使用者は労働者の定年退職を強制することができない:
一、満60歳の者
二、心神喪失または身体障害のため作業に耐えられない者
危険性がある、又は強靭な体力が必要である特殊な性質を有する業務に対し、中央主管機関は企業の報告と申請を受けた場合、前項1号に規定される年齢を調整することができる。但し、55歳以下とすることはできない。

上記の労働基準法第54条第1項1号によると、労働者が満60歳以上の者であれば、使用者は当該労働者の定年退職を強制することができた。この規定について、国会の多数党である中国国民党の国会議員らが、本来規定されている強制定年退職の年齢を60歳から65歳に延長することを提案した。その結果、4月25日にこの提案は台湾の国会により可決された。

今回の法改正については、台湾において、国民の平均寿命がすでに76歳に達しており、平均寿命が長くなるにつれて、60歳に達しても健康で充分に働くことのできる中高齢者が多くなることから、中高齢者の労働力を活用し、少子高齢化がもたらす台湾の労働市場に対する衝撃を防ぐためである、と説明された。

当初、労働政策とその執行の責任機関である行政院労工(労働者)委員会の官僚は、強制定年退職の年齢を60歳から65歳に一気に延長する必要はなく、段階的に65歳に引き上げるのが望ましいと主張した。

しかし、今回の法改正では、国会議員が強制定年退職の年齢を65歳に引き上げることを主張し、国会で可決された。一方、そもそも一定の年齢に達したことを理由に労働者の定年退職を強制することができる本来の規定は不当であると考えられるため、改正ではなく、強制定年退職の規定を撤廃すべきではないかとの労働者支援団体の意見もある。
今回の法改正の恩恵を受けるのは、効率性が低い国営事業の労働者であると考えられる。また、今回の法改正により、大幅に強制定年退職の年齢を延長することで、中高齢者が職を占め続け、若者の就職の機会が奪われることを懸念する向きもある。

2.「大量解雇労工(労働者)保護法」の改正について

労働者を不当な大量解雇から保護するため、台湾では、2003年に「大量解雇労工(労働者)保護法」が国会で可決され、総統により公布された。
この「大量解雇労工保護法」第2条においては、大量解雇は、以下のように定義づけられていた:

一、同一の企業の同一の工場において、雇用した労働者数が30人未満であり、60日以内に労働者の10人以上を解雇する場合。
二、同一の企業の同一の工場において、雇用した労働者数が200人を超え、60日以内に労働者数の3分の1又は1日以内に50人以上を解雇する場合。その雇用した労働者数が30人以上200人未満であり、60日以内に労働者数の3分の1、又は1日以内に20人以上を解雇する場合。
三、同一の企業の雇用した労働者数が500人を超え、60日以内に労働者数の5分の1を解雇する場合。
なお、労働期間が労働契約で定められている労働者は、上記の労働者数には含まれない。

また、労働者を不当な大量解雇から保護する手段として、「大量解雇労工保護法」には以下の規定が定められている(なお、今回の法改正により以下の保護手段は変更されていない):

(1)第4条は、企業は労働者を大量解雇する際、解雇の理由、解雇される労働者の部署、人数などの事項を記載したうえ、60日前に解雇計画書を責任機関と関連機関に提出しなければならないと規定している(なお、責任機関とは、行政院労工委員会を指し、関連機関とは、解雇される労働者が属する労働組合、当該企業の労使会議における労働者代表、及び当該企業のすべての労働者を指す。以下同)。

(2)第5条は、企業が解雇計画書を提出してから10日以内に、労使双方は労使自治の精神に基づき、交渉をしなければならないと規定している。もし労使のいずれかが交渉を拒否し、又は双方が合意に達することができない場合、責任機関は10日以内に労使双方の者からなる交渉委員会を招集し、解雇計画書の内容について交渉を行わせ、必要がある場合、責任機関が代案を提出しなければならない。

(3)第7条は、交渉委員会において成立した合意の効力は、個別の労働者にも及ぶと規定している。なお、裁判所により認可された合意は、強制執行の執行名義にもなる。

(4)第9条は、企業は労働者を大量解雇したあと、再び業務の内容が類似する労働者を雇用する際、先に大量解雇した労働者を優先して雇用しなければならないと規定している。

(5)第12条は、企業は大量解雇する際に、企業が労働者に支払うべき賃金、退職金及び解雇手当の未払いが一定の額に達すれば、責任機関が出入国管理機関に通報したあと、出入国管理機関はその企業の責任者の出国を禁止することができると規定している。

「大量解雇労工保護法」は実施されてから、広い支持を得たが、不備な点が残されているとの批判もあった。特に、企業の労働者数を計算する際、労働期間が労働契約により定められた労働者は労働者数には含まれないので、「大量解雇労工保護法」の保護範囲には入らず、恣意的に大量解雇される可能性があるという批判がなされていた。
このような批判を受けて、「大量解雇労工保護法」の改正案が、5月2日に台湾の国会に可決され、大量解雇の定義(第2条)が、以下のように改正された:

一、同一の企業の同一の工場において、雇用した労働者数が30人未満であり、60日以内に労働者の10人以上を解雇する場合。
二、同一の企業の同一の工場において、雇用した労働者数が30人以上200人未満であり、60日以内に労働者数の3分の1又は1日以内に20人以上を解雇する場合。
三、 同一の企業の同一の工場において、雇用した労働者数が200人以上500人未満であり、60日以内に労働者数の4分の1、又は1日以内に50人以上を解雇する場合。
四、同一の企業の雇用した労働者数が500人を超え、60日以内に労働者数の5分の1を解雇する場合。

今回の改正案の重点は、改正前には、「大量解雇労工保護法」の保護対象に含まれなかった労働期間が労働契約で定められた労働者も保護対象に含まれるようになったことである(ただし、介護や遠洋漁業などに従事する外国人労働者は除外される)。また、解雇の通知をうけた労働者が、労使双方が交渉する間に新たに職に就く場合でも、使用者は法律により解雇手当、退職金を支払わなければならないようになった。さらに、改正前は、出国禁止処分を受けた企業の責任者は、自分の財産をその負担すべき全ての債務の担保に供すれば、出国禁止処分を解除することができたが、改正後は、労働者が裁判所に対し強制執行を申立てることのできる財産を担保に供しなければ、出国禁止処分を解除することができないようになった。

なお、今回の改正案には、企業が大量解雇する場合だけでなく、企業が営業を停止し、労働者が労働基準法により労働契約を解除させられた場合にも、企業が労働者に支払うべき賃金、退職金及び解雇手当の未払いが一定の額に達すれば、責任機関が出入国管理機関に通報したあと、出入国管理機関はその企業の責任者の出国を禁止することができるようになったことも盛り込まれている(改正後の第12条)。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は、当事務所にご相談ください。

【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修