民法の修正について

台湾民法第1148条は、相続人は、相続開始の際の被相続人の財産上の全ての権利及び義務を承継する、と規定している。そのため、原則的には、被相続人が死亡した際、相続人は被相続人の全ての債務を負担することになる。しかし、相続人に被相続人の債務を無制限に負担させることは、民法の基礎となる個人主義に反するため、台湾の民法は、下記の2つの制度を設けることにより、相続人が被相続人の全ての債務を負担することを免れることを認めている。

  1. 相続の限定承認(台湾民法第1154条)
    相続人がその相続できる事実を知ってから3ヶ月以内に裁判所に申立てをする場合、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務を弁済する義務を負う。
  2. 相続の放棄(台湾民法第1174条)
    相続人がその相続できる事実を知ってから3ヶ月以内に裁判所に申立てをする場合、相続によって得た一切の権利及び義務を放棄することができる。

上記のとおり、台湾の民法には「相続の限定承認」と「相続の放棄」の制度があるため、反対に相続の限定承認又は相続の放棄の申立てをしない場合には、相続人は、被相続人の全ての債務を負担することになる。即ち、被相続人が残した債務に関して、当該相続人は無限責任を負担することとなる。しかし、現代社会においては、自らの親族の財産状態及び債務を詳細に知ることは期待できないため、このような制度は往々にして台湾の社会問題となることがあった。

例えば台湾のニュースでは、借金をした父親が、多額の債務を抱えたまま死亡し、その妻と子供が、父親の債務の存在を知らず、相続の限定承認又は相続の放棄の申立てをせずに、父親の債務を負担してしまうという話がよくあった。生まれたばかりの幼児が数千万にも上る負債を抱える事態も生じた。あるいは、音信不通であった兄弟が死亡し、その死亡した兄弟の財産状態を全く知らない他の兄弟らが、相続の限定承認又は相続の放棄の申立てをせず、その兄弟の債務を負担する事態もしばしば生じた。

さらにいえば、相続の限定承認及び相続の放棄は、普遍的に知られている制度ではない。このため、これらの制度を知らないまま、相続の限定承認又は相続の放棄の申立てをせずに被相続人の残した債務を負担するという事態が生じた。
たとえ、上記のような極めて不公平な事態が生じても、台湾民法により相続の限定承認又は相続の放棄の申立てをしない者は被相続人の全ての債務を負担しなければならない以上、裁判所は相続の限定承認又は相続の放棄の制度を知らないために負担した債務を軽減することはなく、その結果深刻な社会問題となり、相続制度に対し改革を求める声が大きくなっていた。

こうした相続制度に対する改革を求める声を受け、2009年5月22日に、相続に関する台湾民法の修正案が台湾の立法院で可決された。今回の修正案により、被相続人が死亡した際、自動的に相続の限定承認が適用され、相続人は被相続人の債務に対し有限責任しか負担しないこととなった。

今回の修正案によると、被相続人の債権者を保護するため、修正案が可決される以前に、相続の限定承認又は相続の放棄をしないために負った債務は原則として免除されない。

しかし、(一)被相続人が締結した保証契約により生じる保証債務を相続人が負担する場合、(二)代襲相続(注1参照)で被相続人の債務を負担する場合、又は(三)自らの責に帰すことができない事由により被相続人の債務を知らず、その債務を相続人が負担することが極めて不公平な場合は、実務的にはもっともよく発生する事態であり、且つもっとも不公平な事態であると立法者が考えたため、今回の修正案は、上記3つの場合に対しては遡及的効力を有し、その結果、債務は遡及的に免除されうることとなった。

但し、法の安定性と信頼保護を保つために、すでに債権者に弁済した分については、相続人は返還を求めることができない。

今回の修正により、相続人が被相続人の債務を知らないまま、その債務を負担するような事態はなくなると考えられる。

(注1)被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、若しくはその相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる制度を指す。


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【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修