第320回 TOBによる合併・買収で発生したインサイダー取引

株式公開買い付け(TOB)情報の流出は常にインサイダー取引のリスクを伴います。以下の二つは「偶然にTOB情報を耳にした」ことにより発生したインサイダー取引の事例です。

マッサージ中の電話で

2013年初め、光宝科技(ライトン・テクノロジー)は建興電子科技(ライトンIT)を買収しました。

当時、光宝科技の最高経営責任者(CEO)は建興電子の買収について董事会で決定する前に、足裏マッサージを受けながら携帯電話で「建興を合併または買収する」、「建興に会議に行かなければならない」などと話していました。

マッサージ師はこれを聞き、CEOが去った後すぐ建興電子の株券を40枚購入し、TOB情報の公表後に売却し、約22万台湾元(約80万円)を手にしました。

マッサージ師はインサイダー取引の罪に問われましたが、無罪となりました。裁判所は、

  1. 偶然に耳にした状況下では話の断片しか分からない
  2. CEOに対し、買収の詳細についての質問や、買収事案の真実性を裏付ける証拠の入手はできなかった
  3. 購入および取得した金額は低い

として、マッサージ師の「賭博の気持ちで建興電子の株券を購入しただけ」という抗弁を採用しました。

妻の電話を盗み聞き

もう一つの事例は、16年オランダのASMLが漢微測科技(エルメス・マイクロビジョン、HMI)の買収を計画した時のことです。

買収を主導した財務顧問は自宅で買収に関する電話を受け、内容を他人に聞かれないよう、寝室内のバスルームで電話をしていました。ところが夫が「tender offer(株式公開買い付け)」や「HMI」などのキーワードを聞き、その後、親戚・友人など他人名義の口座を利用してHMIの株券120枚を購入した上で売却し、約2,290万元を手にしました。

本件において検察官は、財務顧問は秘密を漏えいしていないため不起訴処分とする判断をしました。一方、夫についてはインサイダー取引の罪で起訴し、有罪判決が確定しました。裁判所は、

  1. 夫は妻がしばしば大規模な多国籍企業の買収・合併事案を処理しており、買収・合併に関する重要なインサイダー情報を知り得る機会が常にあることを知っている
  2. 妻が電話をしている時、バスルームの外で盗み聞きをしており、自発的に不正な手段でインサイダー情報を取得する行為に該当する
  3. これは一般の人が、公開情報源または外で偶然耳にした特定の会社の好材料情報を基に、自らの投資分析および判断の上で当該会社の株券購入を決定する状況とは異なる

と判断しました。

インサイダー取引となるリスクの度合いは、それぞれの事例の各種要素に基づき判断する必要があり、一概に論じることはできません。ただし、今回の事例からも分かる通り、買収・合併取引の過程で情報漏えいのリスクがある状況は多いものです。もし株価の大幅な変動をもたらす場合、買収・合併取引が破談になる可能性もあります。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 鄭惟駿

陽明大学生命科学学部卒業後、台湾企業で特許技術者として特許出願業務に従事した後、行政院原子能委員会核能研究所での勤務を経験。弁護士資格取得後、台湾の法律事務所で研修弁護士として知的財産訴訟業務に携わる。一橋大学国際企業戦略研究科を修了後、2017年より黒田法律事務所にて弁護士として活躍中。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。