第32回 損害賠償金額に対する裁判所の裁量権

台湾嘉義地方裁判所は、2013年8月30日、13年度訴字第281号民事判決書を作成し、損害賠償訴訟において、当事者が既に損害を受けたことを証明していたとしても、客観的に損害の金額を証明することができない、または証明するのに著しい困難が明らかにある場合、裁判所は一切の状況を考慮し、得られた心証に基づきその金額を判定するものとすると指摘した。

本件の概要は、次の通りである。

甲は乙の妻が滞納している代金の支払いを催促するため、乙の居所に向かい、乙が栽培する果物で弁償する方法につき乙と交渉した。交渉の過程で双方に言い争いが発生し、甲は乙を殴打してしまい、乙は頭部外傷、脳振とうなどの傷害を負った。そこで、乙は訴えを提起し、医療費および乙が負傷期間において労働することができなかったことによる損害の賠償を請求した。労働の損失部分に関し、乙は甲の傷害行為により3カ月間労働することができなくなり、他者のために除草、果物の摘み取りなどの農作業をする場合の日給が1,800台湾元であることから、月給を5万元として計算すると、3カ月間における労働の損失は計15万元になると主張した。

15万元の損失を主張

しかし証拠を調べた結果、乙が甲の傷害行為により労働することができなかった実際の期間は3カ月間ではなく、1週間であったことが分かった。また、乙の日給は1,800元であるが、常に労働があったことを乙は証明することができないことから、乙の月給が5万元あるのかどうかの部分が証明され得ない。

これにつき、裁判所は次の通り判断した。

民事訴訟法第222条第1項、第2項には、「裁判所は判決の際、弁論要旨および証拠調べの結果の全てを考慮し、自由心証に基づき事実の真偽を判断するものとする。当事者が既に損害を受けたことを証明していても、その金額を証明することができない、または証明するのに著しい困難が明らかにある場合、裁判所は一切の状況を考慮し、得られた心証に基づきその金額を判定するものとする」と規定されている。

同条文の立法趣旨は、損害賠償訴訟において、当事者が既に損害を受けたことを証明していても、客観的にその金額を証明することができない、または証明するのに著しい困難が明らかにある場合においてなお、当事者に対し損害額を挙証して証明することを強要するのは厳し過ぎるだけでなく、訴訟経済の原則にも合致しないというもので、一切の状況を考慮して得られた心証に基づきその金額を判定できる権限が裁判所に与えられている。

最低賃金を基準に

そのため裁判所は本件において、乙は既に労働することができないことによるその損失および日給が1,800元であるという事実を証明しているが、乙の労働は不定期なものであるため、乙に対し1カ月当たりの自己の労働日数を証明すること、さらに、月給の詳細な金額を計算することを要求するには、著しい困難が確実にあるため、裁判所が当然、一切の状況を考慮して得られた心証に基づきその金額を判定しなければならないと判断した。

従って、裁判所は11年当時の行政院労工委員会(労委会)が公表した1カ月当たりの最低賃金1万7,880元を基準とし、乙が労働することができなかった実際の期間である1週間について乙が甲に賠償を請求することができるとして、労働の損失額を一週間の最低賃金に相当する金額、1万7,880元÷4=4,470元とした。
台湾の司法実務において、裁判官が当事者の損害賠償金額に対し、かなり大きな裁量権限を有していることに留意すべきである。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。