第82回 行政官庁に届け出ない裁量労働制の効力

労働基準法84条の1の規定によれば、中央官庁の審査を経て公告される、監督若しくは管理の地位にある者又は職務責任制度における専門職者、並びに監視又は断続的な業務に従事する労働者が、その使用者との間で書面により労働時間、休日、休暇などに関する労働条件について別途合意し、かつ、使用者が、当該合意を事業所所管の行政官庁に届け出た場合には、労働基準法に係る制限が適用されないとされている。これは、特定労働者に対する労働基準法上の労働時間等の規制を緩和する裁量労働制である。

裁量労働制の条件に関連して、特定労働者がその使用者との間で書面により合意したが、行政官庁に届け出ない場合は、裁量労働制の効力に影響を与えるかが問題になった事件がある。

本件の概要は以下の通りである。

Xは、警備会社であるYに雇われ、現金輸送警備員として働いていた。防犯や警備業務を行っている労働者は中央官庁の審査で公告される特定労働者の一つとされている。労働時間等に関する裁量労働制についての書面による雇用契約は、XとYの間で締結されていたが、当該合意について行政官庁に届け出なかった。Xは行政官庁に届け出ない裁量労働制は無効であり、労働基準法による労働時間等の規制が適用されると主張し、未払いの残業代の支払いをYに求めた。

12年3月1日最高裁判所101年度台上字第258号判決は、以下の通り判示し、Yに未払いの残業代の支払いを命じた一審判決を維持する控訴審判決を破棄して、事件を台湾高等裁判所高雄支所に差し戻した。
労働基準法84条の1の趣旨は、特定労働者の業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等が大幅に労働者の裁量に委ねられる必要があるため、労働期間等に関して労使双方の自主的調整を認めることで、労働時間等の規制を緩和するものである。従って、裁量労働制について労使双方でこれに合意している以上、当該規定に違反して行政官庁に届け出なくても、その違反行為そのものは無効とならず、ただ使用者が制裁を受けるにとどまる。

差戻し審(12年5月22日台湾高等裁判所高雄支所101年度労上更(一)字第2号判決)では、上記最高裁の判旨に従って、一審判決を破棄し、Xの請求を棄却した。Xは高裁の判決を不服として、最高裁に上告したが、13年10月3日最高裁判所102年度台上字第1866号判決は控訴審判決を維持し、上告を棄却した。

しかし、裁量労働制に関する雇用契約書を行政官庁に届け出なかった場合、その効力は失われると判示した最高行政裁判所裁判(100年度判字第226号判決、98年度裁字第400号決定)が存在していたため、Xは本件確定裁判で適用された法律についての見解が、上記最高行政裁判所における見解と異なっていることを理由に、司法院大法官(憲法裁判所に相当)に法令の統一解釈を申し立てたところ、14年11月21日司法院釈字第726号解釈により、本件の最高裁とは異なる以下の見解が示された。

裁量労働制の行政官庁への届出は、労働者を保護するための効力規定であり、当該規定に違反した場合、労働基準法上の労働時間等の規制の適用を排除することができない。

大法官による解釈の効力は、最高裁を含め、全国の関係機関に対して拘束力を有するため、今後、裁量労働制の雇用契約書を行政官庁に届け出なければ、裁量労働制は適用できない点に注意する必要がある。


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執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。