第36回 建物の賃貸人の法定義務

最高裁判所は2013年10月4日付の2013年台上字第1892号民事判決書において、約定した使用・収益に適した賃借物を引き渡し、かつ賃貸借関係の存続中、それを約定した使用・収益に適した状態に保つことは、賃貸人の主たる義務であり、賃借人の賃料支払義務との間には互いに対価関係があり、賃貸人が上記の義務に違反し、それにより賃借人が賃貸借の目的を達することができなくなった場合、賃借人は賃料の支払いを拒否することができないわけではない、と指摘した。

病院経営の建物で争議

本件の概要は以下のとおりである。

甲は賃貸人、乙は賃借人であり、乙は病院経営に使用するために甲からA建物を賃借した。甲は、乙が賃料を滞納したため、甲は法に基づく賃貸借契約の解約、かつ、賃料が未払いであることおよび契約解約後も乙がA建物を占有していることについての損害賠償を乙に請求することを主張した。

一方、乙は、A建物には水漏れなどの瑕疵(かし)があり、また、消防設備および汚水処理設備のいずれも不十分であったため、主管機関が、職員を派遣して検査したところ、法規の規定に合致していないと判断された結果、乙に対して期限を定めて改善するよう要求され、これにより乙が高額の修理および改善の費用を支出することになったと主張した。乙は、A建物には瑕疵があるため、乙は当然、甲が改善するまで賃料の支払いを拒否することができ、乙が支出した修理および改善の費用を未払いの賃料と相殺することもできる、と主張したのである。

乙の主張に対し甲は、A建物の修繕期間中も乙は通常営業を行っており、罰金など主管機関による乙に対する不利益な処分もなされておらず、瑕疵が軽微なものであることは明らかであり、乙は当然、賃料の支払いを拒否することはできないと抗弁した。

賃貸人の義務履行求める

審理後の裁判所の判断は以下のとおりである。

民法第423条では、「賃貸人は約定した使用・収益に適した賃借物をもって、賃借人に引き渡さなければならず、かつ賃貸借関係の存続中、それを約定した使用・収益に適した状態に保たなければならない」と規定されている。従って、賃借物の引き渡しと、約定した使用・収益に適した状態を保つことは賃貸人の主たる義務であり、賃借人の賃料支払義務との間には、互いに対価関係がある。

賃貸借関係の存続中に、賃貸人が賃借物を約定した使用・収益に適した状態にせず、それにより賃借人が賃貸借の目的を達することができなくなった場合、賃借人は同時履行の抗弁権を行使し、賃料の支払いを拒否することができないわけではない。また、病院の構造と設備は、消防法および関連法規の規定に合致していなければならず、甲、乙が賃貸借契約において、乙によるA建物の賃借は病院経営に用いるためであることを約定している以上、甲は当然、A建物を上記の法規の規定に合致させる義務を有する。

A建物の消防・汚水の設備はいずれも不十分であり、乙が自ら修繕してようやく改善されたものであるため、甲によるA建物の提供は明らかに賃貸借の本来の目的に合致しておらず、乙が修繕期間において営業を続けたこと、または主管機関が処罰の裁定を下さなかったことにより甲の責任を免じるものではない。従って、乙がA建物の瑕疵を甲が改善するまで賃料の支払いを拒否し、かつその支出した費用をもって未払いの賃料を相殺することには理由があると判断する。

建物の賃貸借の紛争は実務においてかなりよく見られるが、この判決は、台湾で建物を賃貸借する外国企業にとって参考に値する。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。